日本社会福祉学会 第70回秋季大会

特定課題セッションの各テーマおよび趣旨

特定課題セッション I

■テーマ:
障害×女性と社会福祉-性と生殖をめぐって
■コーディネーター:
田中恵美子(東京家政大学)

■テーマ趣旨:
1. 趣旨:このテーマの狙い
 障害女性に対する注目は、障害者権利条約(2006年)において、障害女性の複合差別が取り上げられて以来特に顕著である。障害に対する差別と性差別が合わさることによって、障害のある女性が生きづらさを経験する重要な場面のひとつとして性や生殖に関する事柄がある。障害があることで性的な存在として認められない一方で、女性として性的搾取の対象ともなる。障害ゆえに声を挙げづらいことも絡み合わさってさらに被害が表出しにくくなる。女性の性と生殖に関する健康と権利(セクシャル・リプロダクティブ・ヘルツ&ライツ:以下SRHR)が保障されていないうえに、障害者を権利主体として認識していない社会構造が重なり合い、より生きにくさを助長している。以下の具体的な事件を通して、それらの課題を取り上げ、社会福祉が制度として、あるいはソーシャルワークがその実践としてできることは何かを考え、そのためにどうしていくべきなのかを検討するために課題セッションを設定したい。
2. 背景
 ①2019年、佐賀県武雄市で知的障害のある女性が汲み取り式トイレで女児を出産し、翌年1月に発見されるまで放置された事件 ②2020年、北海道江刺市で、障害者就労支援施設のトイレで、知的障害のある女性が女児を出産し、トイレで窒息死させた事件 ③2021年、千葉県四街道市で、知的障害のある女性がグループホームの2階から出産後間もない男児を投げ落として死亡させた事件
3. 課題
 これらの事件に孕む課題として、女性だけが罪に問われる「法的な問題」に加え、以下2点を挙げる。このなかに、障害女性のSRHRに対する認識の低さとともに、女性一般における差別と障害者に対する差別、いわゆる障害女性に対する複合差別が表れている。
(1) 性教育・性に関する知識・倫理
 通常、事件後は加害者に対する性教育の重要性が主張されるが、性教育が必要なのは相手の男性や支援に関わる職員を含む全ての人が性について学ぶ必要がある。②の事件の場合、相手の男性は元職員であった。職員としての倫理的責任に加え、複数回にわたって避妊をせずに性行為を行った点は男性として倫理的責任が大きい。性行為は互いの同意と避妊の確認の上で行われるべきである。しかし、現実的には「男性が避妊をしてくれない」「女性から避妊をしてほしいと伝えるのは困難」との声がある。その背景には、男性優位の社会構造や避妊に対する知識を含めた性教育やジェンダー教育の不足等、多くの社会的な問題が潜んでいる。
また筆者が2015年に行った調査では、障害者就業・生活支援センターの多くが性教育プログラムを持っていなかった。①でも障害者就業・生活支援センターが関与していたが、就業支援に終始していたという。支援者の性に関わる知識及び組織的支援の必要性が認識される。
(2) 妊娠に誰も気が付いていない、本人たちも相談していない
 全ケースで出産に至るまで支援者が当該女性の妊娠に気づかなかった。また、本人たちから相談もなかった。①は、検査薬で妊娠に気づいたが、相手の男性に知らせるにとどまった。②は本人が自分の妊娠に気が付いていなかったが、交際を反対されると思い、誰にも言わなかった。恋愛や性的関係等は非常にセンシティブな問題であり、親しいからこそ言えないこともある。しかし、そもそも支援者が当該女性の妊娠に気づくことができなかった理由のひとつに、障害女性を性的な存在として認めていなかったことがあるのではないだろうか。支援の中で彼女たちのSRHRの保障が目指されていただろうか。

特定課題セッション II

■テーマ:
社会福祉学は質的調査のオンライン化をどう受け入れるか、その普及を前に整理する
■コーディネーター:
大西 次郎(大阪市立大学)

■テーマ趣旨:
 コロナ禍のなか、感染防御のため接触機会の低減を目的とするオンライン型のコミュニケーションが、飛躍的にその頻度を増やしてきたことはいうまでもない。このような新たなオンライン型と、従来の対面型との対人関係構築における比較が、教育の場などで喫緊の研究テーマになっている。他方、そうした“研究目的”としてのオンライン型とは別に、“研究方法”としてオンラインを駆使する質的調査の報告が少なからず認められている。
 量的調査においては1990年代から2000年代前半にかけて、インターネット調査が猛烈な批判にさらされた(埴淵ら2018)。すなわち、確率的標本抽出を用いる従来型の面接調査や質問紙調査に比べて、調査対象の代表性に疑問が呈されたのである。これに関して質的調査は、とくに面接法を用いたデータ収集において事前に分析対象者を絞り込むため、量的調査に類するこうした批判を長らく免れてきたといえよう(対象の問題)。
 一方で、焦点になるのはZoomに代表されるクラウド型web会議システムを介した、半構造化個人インタビューを駆使する研究である。もともとインタビューは質問―回答形式の相互行為が中心であり、そうした場面の「非日常性」(片桐2008)はかねて指摘されてきた。この非日常性が、オンラインという新たな手続きを通してさらに強まる問題点は容易に想像できる。なぜなら、調査対象者とのラポールによって回答は大幅に変わるからであり、この点でオンライン型が対面型におよばぬことに異論はなかろう(方法の問題)。
 量的調査は、この方法の問題を質問の構造化を高めて乗り越えた。しかし、質的調査は研究者の想定を超えた回答に出会えるという方法論上の豊かさを捨ててまで、構造化に走ることはできない。さらに距離を問わないオンラインの特性から、質的調査のオンライン化傾向はすでに不可避である。方法の問題を、質的調査のオンライン化においてどう扱うかは早急に学問領域ごとに検討されねばならない。なぜなら、一つの質的研究のなかで対面型とオンライン型を併用のうえデータ収集する論文が現れはじめているからである。
 量的調査と異なり、質的調査のオンライン化は前記のクラウド型web会議システムの普及に伴って遅れて進んだため、現段階では技術的にオンラインを用いても、既存研究の乏しさから方法論上の齟齬は当面生じにくい。しかし今後、遠方の対象者にはオンライン、近場は対面というように方法の違うインタビューが一つの研究内で異なる対象者へ(横断的に)用いられる、あるいはコホート研究において同じ対象者へ(縦断的に)複数の方法が取られる可能性がある。加えて、既存研究の追試においても事情は同じといえよう。
 とはいえ、もともと質的研究において調査者の調査技術の巧拙やパーソナリティなど、回答結果を攪乱する要因は少なくなかった(片桐2008)。場合によっては、オンライン型と対面型の方法論の違いは、調査者の技術やパーソナリティのバリエーションの範疇におさまるものと社会福祉学界が黙認するかどうかである、と換言できるかもしれない。
 執筆者ごと、査読者ごとの判断を超えた議論が望まれる。コーディネーターの目的は、対面型とオンライン型の質的調査が別物だと断じることでは必ずしもない(大西2021)。オンライン型質的調査の実りある発展のため、その可能性と留意点を共有する場としたい。