特定課題セッションの各テーマおよび趣旨

特定課題セッションの各テーマの趣旨

特定課題セッションⅠ

テーマ:
「地方主権下の市町村社会福祉行政のアドミニストレーション―地域福祉の視点を踏まえて」
コーディネーター:
森 明人(東北福祉大学)
テーマ趣旨:
 本セッションでは、昨今の政策課題である地域包括支援システムならびに生活困窮者支援に資する市町村の社会福祉行政のアドミニストレーションの課題に焦点をあて、機能および枠組みの検討にむけた研究課題について幅広く論議していきたいと考えている。
 周知のように、これまでの地方分権一括法の施行は、地域主権時代の到来ともいうべき地方自治の可能性を広げている。とりわけ2011年及び2012年における地方分権一括法は、国による法令等による義務づけ、枠付けの緩和、都道府県から市町村への事務・権限の委譲を基本に、居宅介護支援事業所、介護予防支援事業所、地域包括支援センターの3事業に関する指定基準についもて条例委任できることになった。また、2014年の地域医療・介護総合確保推進法成立により、新たな地域支援事業のなかに「新しい介護予防・日常生活支援総合事業」を設け、市町村が現行の介護予防サービスの単価及び利用者負担の設定、あるいは小規模通所介護事業の地域密着サービスへの移行及び「地域密着通所介護」の創設、居宅介護支援事業所の指定権限の市町村への委譲、「包括的支援事業の充実」として地域ケア会議の充実、生活支援サービスの体制整備(コーディネーターの配置、協議体の設置)等、行政運営の裁量は大きく拡大し、市町村社会福祉行政のアドミニストレーションに関わる課題も複雑・高度化している。
 今後の社会福祉行政運営のあり方については、地域事情を踏まえた「社会福祉政策の地域化」を進めることが、地方自治体における社会福祉行政の課題となろう。しかしながら、地域福祉が地方自治における社会福祉行政との研究基盤を強化してきたかといえば、必ずしも十分な進展をみせてはいないのが現状ではないだろうか。地域福祉を多様な地域福祉実践の集積と新たな社会福祉サービスシステムの創造という視座から捉えれば、現代的な地域福祉では、地方自治体の行政計画と整合性のとれた地域福祉計画を基盤に、コミュニティソーシャルワーク(以下、CSW)を実践的手段に運営していくという考え方が通説的な理解となろうが、地域福祉計画とCSWによる地域福祉運営モデルは、地方分権化による社会福祉行政の量的・質的変化により、ある種の対応の難しさに直面しているといっても過言ではない。
 地域福祉計画策定とCSWの結節点には、双方では解決しがたいアドミニストレーションに関する課題が横たわっていると考えるべきであり、①福祉行政組織に関わる問題、②介護保険行政に関わる規制行政のあり方、③社会的企業等とのパートナーシップのあり方、④福祉サービス等の開発システム(地域ケア会議等仕組みの検討)、⑤参加・地域づくり、⑥人材育成・研修制度のあり方など、少なくても6つの大きな共通的な課題が存在する。これら6つ程度に抽象化した課題は、地域福祉計画策定とCSWを架橋する問題がゆえ、新たな市町村社会福祉行政のアドミニストレーションに関する研究領域として位置づけ、関連する多くの研究の進展を図ることが期待される。本セッションでは地域福祉計画とCSWからなる地域福祉運営モデルを基盤にしながら、地方主権下の社会福祉行政に求められるアドミニストレーションの枠組みづくりに資する研究課題について共有したいと考えている。

特定課題セッションⅡ

テーマ:
「ソーシャルワークマインドとはなにか」
コーディネーター:
保正 友子(立正大学)
テーマ趣旨:
 本セッションの目的は、ソーシャルワーカーの福祉マインドである「ソーシャルワークマインド」について、実践と理論の両面から検討することである。主要な論点は、ソーシャルワークマインドとは何か、どのようにして育むのかである。これを取り上げる筆者の思いと社会的背景は以下のとおりである。
 筆者は、長年、ソーシャルワーカーの実践能力形成過程についての研究に取り組んできた。現時点でソーシャルワーカーの実践能力とは、三つの要素から成り立つと考えている。①ソーシャルワーカーに対する要求や義務を遂行するための価値・知識・技術を適切に統合して発揮する力、②ソーシャルワーカーを取り巻く各種システムとの関係構築を行う力、③専門的自己を確立する力である(※)。とりわけ③はソーシャルワーカーとして育っていくための推進力となり、その際の核となるのが「ソーシャルワークマインド」ではないかと考える。
 2014年第31回日本ソーシャルワーク学会の学会企画シンポジウム『ソーシャルワークマインドとソーシャルワーカー像再考』において、筆者は以下の考えを述べた。「ソーシャルワークマインドとは各人が形成した譲れない核となるものであり、他分野や他の現場に異動したとしても、その人のなかで大事にされており、何度もそこに立ち戻りながら実践を行うものではないか」。しかしながら、シンポジウムを行っても依然としてソーシャルワークマインドは筆者のなかでは抽象的な概念であり、具体的に何を指すのか、どのように修得していくのかが今一つ明瞭にはできていない。そのため、今回さらに議論を深めながら、ソーシャルワークマインドの実態に迫ることができればと考えている。
 次にソーシャルワークマインドが求められる社会的背景を2点述べる。1点目は2015年6月に日本学術会議社会学委員会が提出した『社会福祉学分野の参照基準検討分科会大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準』でも「福祉マインド」の重要性が述べられたことである。参照基準では「社会福祉学を学ぶ学生は、個人と社会の幸福を両者の連関を踏まえて追求し、説明する力である『福祉マインド』」、すなわち「人間の尊厳などの価値を踏まえて自らが社会的役割を実行するために必要な素養」を身につける必要があるとする。ただし、この修得方法について筆者は明確にイメージが持てなかった。今回は議論の焦点化をはかるために、狭義のソーシャルワーク実践に焦点を絞った、「ソーシャルワーカーの福祉マインド」としての「ソーシャルワークマインド」を取りあげる。
 そして2点目は、2015年9月に厚生労働省より提出された、『誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現―新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン―』において、ソーシャルワーカーの真価が問われていることである。提供ビジョンでは、今以上に分野横断的で包括的な相談支援の必要性がうたわれており、そのための「コーディネート人材」の育成・確保が提唱されている。ここでは、社会福祉士にその知識・技能を発揮することが期待されているとはしているものの、果たして社会福祉士に実質的な仕事が任されるのかどうか、またコーディネートとはどのようなものなのか、他職種でも担えるのか等の疑問が残る。やはり、きちんとソーシャルワークマインドを有したソーシャルワーカーが、効果的な支援を展開できるようにすることが大切であると考える。
 以上のことを踏まえ、今一度、原点に戻りソーシャルワークマインドについて参加者の方々と率直に議論し、認識の共有を目指したい。
※保正友子(2013)『医療ソーシャルワーカーの成長への道のり-実践能力変容過程に関する質的研究-』相川書房.

特定課題セッションⅢ

テーマ:
家族内部の隠れた貧困と社会的支援
コーディネーター:
田中 智子(佛教大学)
テーマ趣旨:
 2014年の相対的貧困率は16.1%と現代日本における貧困の広がりの中で、人々の多くが貧困問題の当事者として困難を抱えている。しかし、相対的貧困率にみられるように、あくまで貧困状態の把握は、世帯所得が基本とされ、その内側の問題については放置されたままである。世帯所得は相対的貧困ライン以上であっても、内部の不平等配分の結果、特定の個人は貧困状態に置かれるという「隠れた貧困」が生じるのである。
 日本では、家族を含み資産とみなし、子育てや教育、ケアなどのニーズが生じた場合は、物理的・経済的にも精神的にも家族に第一義的責任を課し、制度はあくまで補完的な位置にとどまる。アマルティア・センによると、その結果、家族には、cooperative conflict(以下、協力的対立)が生じ、家族は協力して福祉を追求すると同時に、所得・資源・ケア・権力等の分配をめぐる対立関係におかれる。特に性別役割分業規範のもとケアラー役割を期待される女性はこの対立をめぐって不利な立場におかれることが少なくない。
 以上の問題意識をもとに、本セッションでは、以下のことを検討したい。
  • ① 経済的な問題だけではなく、家族内部の資源や権力の不平等配分と貧困を広くとらえ、子育てやケアを含み、どのような事象を通じて隠れた貧困が生じるのか
  • ② 不平等配分の結果、家族員の誰にどのような貧困が経験されるのか
  • ③ それらはいかなる社会的構造や制度のなかで生じるのか。また現行制度はこれらの問題にどのように対応しているのか/していないのか
 以上の点を踏まえて、本セッションで各事象の固有性と共通性し、日本における隠れた貧困の可視化に向けた今後の議論に寄与することを期待したい。