ベトナム高齢者福祉施設における介護職員の社会意識と職務意識の構造
-人口構造・社会構造からみた高齢者対策としての専門教育の展望-
○ 東北福祉大学 後藤美恵子 (会員番号7009)
キーワード: 《ベトナム社会構造》 《職務意識》 《専門教育》
ベトナム社会主義共和国(以下、ベトナムと略す)では、1986年の「ドイモイ(Doi Moi:刷新)」政策以降、経済成長率は飛躍的な発展を遂げ、都市部から経済的活況をもたらした。一方、国連開発計画(UNDP)によれば、1990年以降の経済成長によって、都市部と農村部の格差、地域および地域内格差を派生させ、国民生活に社会的変化・価値体系の変化をもたらし社会的病理現象を生起させる複合的要因が顕在化するようになった。その一要因として、ベトナム社会に根付いていた伝統的村落(ムラ社会)の希薄化、あるいは家族主義・家族機能が変容し、高齢者の身分的地位・社会的役割が衰退し、高齢者を取り巻く新たな社会問題として顕在化するようになった。
ベトナムの人口動態から推計すると2009年現在、65歳以上の老年人口が総人口に占める高齢化率は5.70%で、2018年には女性の高齢化率が7.15%となり、2021年には高齢化率が7.13%となり、いわゆる高齢化社会になると予測されている(政府統計)。一方、ドイモイ政策以降、家族構造は核家族化へ移行し、特に都市部における比率が高くなっている。近い将来の人口構造や家族構造を踏まえ、高齢化社会に向けて高齢者対策が必然的な課題だと推考される。ベトナムでは社会福祉という概念自体が定められておらず、社会救助(社会救済)という概念で社会的保護と対策を行っている。2000年に高齢者法が制定され、同法の施策として施設施策が存在しているが、施設運営・機能については明文化されていない。また、介護に関する資格制度は確立しておらず、介護職員の専門教育機関も設置されていない現状にあり、採用条件は人物優先で、「慈悲的精神」に基づいた職業観である。今後、ベトナムにおける高齢化率は上昇傾向にあり、施設を利用する高齢者が増加する傾向にあると推測され、高齢者福祉施設の介護職員において高齢者のQOLを保障する観点からも専門教育を習得した人材が求められることは必然的な課題であると推考される。
以上の社会的背景を踏まえ、ベトナム高齢者福祉施設の介護職員の社会意識と職務意識の構造を測定し、その関連要因の検証を行うことによって、ベトナム社会における介護職員の専門教育、研修システムの体系化の必要性を示唆することを本研究の目的とした。
調査はホーチミン市にある高齢者福祉施設2ヶ所の介護職員77名を対象とした。本研究に用いた指標は、基本属性、社会意識、援助行動の質(坂田ら,1985)、高齢者イメージ(古谷野ら, 1997)である。
3.倫理的配慮調査は事前に対象者に趣旨と概要を説明し承認を得た上で無記名・任意回答で行われた。
4.研 究 結 果平均年齢36.3±10.1 歳、経験年数は1 年未満5.2%、1 年以上3 年未満10.4%、3 年以上84.4%。援助行動の質の各25 項目について90%以上の支持を得ている項目は、個人の
弁別を持たないとし、8 項目を除外し因子分析(主因子法・バリマックス回転)を行った結果、因子負荷0.4 以上の12 項目が選択され、3 因子が抽出された(累積因子寄与率45.41%)。因子負荷量の高い項目を優先し、第Ⅰ因子から順に「感情」「満足感」「専門性」とした。3 因子について、それぞれの項目の得点を合計し項目数で除したものを各因子の得点とし、その高低で2 群に分けた(平均値を基準)。SD 法による高齢者イメージについて、因子分析(主因子法・バリマックス回転)を行った結果、因子負荷0.4 以上の16 項目が選択され2 因子が抽出された(累積因子寄与率49.58%)。因子負荷量の高い項目を優先し、第Ⅰ因子から順に「力動性」「親和性」とした。2 因子について、それぞれの項目の得点を合計し項目数で除したものを各因子の得点とし、その高低で2 群に分けた(平均値を基準)。
援助行動の質と属性に差があるか否かを一元配置の分散分析により各因子の得点を比較した結果、「専門性」と年齢において有意な関連が見られた(F(3)=2.91,p<.05)。また、各因子の得点によって分けられた2 群について、高齢者イメージの高低に差があるか否かを2 . 検定によって比較した結果、「専門性」と「力動性」( 2 . (1)=4.99,p<.05)、「親和性」( 2 . (1)=3.86,p<.05)で有意な関連が見られた。さらに、援助行動の質と社会意識を比較した結果、「専門性」と「本来、介護は家族が行うべきである」において有意な関連が見られた( 2 . (1)=3.80,p<.05)。「専門性」と年齢において有意差が認められたため、年齢と社会意識を一元配置の分散分析により得点を比較した結果、年齢と「専門教育の必要性」において有意な関連が見られた(F(3)=3.27,p<.05)。
以上の結果より、仕事に対する「専門性」に対しての肯定的評価は年齢と関連していることが認められ、年齢が「専門性」に及ぼす要因は年齢と「専門性」及び「現職の希望の強さ」の平均値のプロットが一致していることから「現職の希望の強さ」が影響を及ぼしていることが証明される。つまり、仕事への動機づけが専門意識の前提条件である。さらに、年齢は介護に携わる職員の「専門教育の必要性」の結果からも構造的に立証される。
また、「専門性」に対する意識は高齢者に対する肯定的なイメージとの関連からも専門教育、研修システムを導入することによって、利用者のQOL の保障へと相乗効果を派生させる一要因となると推考される。専門知識は肯定的なイメージを形成し、肯定的なイメージがサービスの質を向上させる知見からも言及される。一方、「専門性」の背景に「本来、介護は家族が行うべきである」という意識が基層していることを踏まえ、ベトナム社会に根付いていた伝統的村落(ムラ社会)、あるいは家族主義・家族機能を包括した専門教育、研修システムのプログラム開発の検討が示唆され、今後の課題であると推考される。[本研究は平成20~22 年度科学研究費(基盤研究(B))補助金による研究成果の一部である。]