自由研究発表高齢者保健福祉6  伊藤 純

高齢者世帯の家計収支構造と生活の社会化に伴う新家計支出の発生状況
 -介護保険料および介護サービス費が高齢者世帯の家計に及ぼす
  影響について-

○ 昭和女子大学  伊藤 純 (会員番号3897)
キーワード: 《高齢者世帯》 《介護保険》 《家計》

1.研 究 目 的

 今年は介護保険法が施行されて10年という節目の年に当たる。介護保険制度は、「措置から契約」へというサービス利用方法の転換をもたらし、「サービス提供主体の多元化」(特に民営化・市場化)を促進させた。多くの民間営利企業が福祉サービスの提供主体となり、「福祉サービスは購入する時代」となっている今日、これらのサービスの利用(購入)が家計に及ぼす影響について分析することの重要性はより高まっていると思われる。
 老後生活費や介護費用と家計についての先行研究には岩田(1989)、岩田・平野・馬場(1996)、(財)家計経済研究所(2002)、内藤(2008)等がある。報告者はこれまで介護保険サービスや成年後見制度、福祉サービス利用援助事業等の利用過程に発生する「新家事労働」や「新家計支出」の発生・存在に注目し、生活の社会化論の新たな理論的深化に務めるとともに、福祉・介護・生活支援サービスなどの高齢者ソーシャル・サービスを利用する人の「生活福祉経営能力」に着目し、その必要性を論じてきた。また、報告者は共同研究において総務省統計局の「全国消費実態調査」のリサンプリング・ミクロデータを使用し、世帯主の年齢が60歳以上の高年夫婦世帯及び高年単身世帯の消費構造の分析を行った経験があるが、これらの作業を通じて、高齢者世帯の家計収支構造には勤労者世帯の家計収支構造とは異なる側面があること、高齢者世帯の家計収支構造にジェンダー差があること、介護保険料や介護サービス費などの支出を生活の社会化支出として位置づけ、家計の側から見た制度の妥当性を検討する必要があるのではないかと考えるにいたった。
 以上を背景として、本研究の目的は、第1に、高齢夫婦者世帯及び単身高齢者世帯の家計収支構造を関連政府統計により生活福祉経営視点・ジェンダー視点により分析すること、第2に生活の社会化支出の現状と問題点を明らかにすることである。  

2.研究の視点および方法

 上記目的に沿って、関連政府統計として厚生労働省「国民生活基礎調査」、総務省統計局「全国消費実態調査」、同「家計調査」の公表データを使用、加工・分析する。統計の加工・分析にあたっては、伊藤セツ(1990)に示された「東京都世帯階層別生計調査」の収支項目分類の考え方を援用する。研究の視点として、「生活福祉経営視点」「ジェンダー視点」の二つが重要である。前者は、生活経営の主体が、自らのウェルビーイングを実現するために社会福祉制度・サービスを活用し、その内容・質を向上させ、必要とあらば新たな社会資源を創造するようなはたらきかけを自ら行っていくという生活福祉に主眼を置いた生活経営視点である。後者は、男性と女性の社会的関係によってもたらされる格差・差別等のジェンダー問題を明示し、改善しようという分析視点である。 

3.倫理的配慮

 本研究は政府統計の公表データの加工分析に基づくものであるので、倫理的配慮を必要とする直接的な対象は存在しないが、分析手法については、「東京都世帯階層別生計調査」の収支項目分類の考え方を実際に適用して家計統計の加工分析を行い、その理論を発展させた伊藤セツ氏から、本研究のために氏の分析手法を援用することの許可を得た。 

4.研 究 結 果

 2004年「全国消費実態調査」により、夫婦高齢者世帯及び単身高齢者世帯の家計収支構造を分析した。夫婦高齢者世帯については、有業者のいない65歳以上の夫婦のみの世帯について公的年金・恩給受給階級別に1世帯あたり1ヶ月間の収支を比較し、単身高齢者世帯については世帯主の年齢が60歳以上の無職の単身者の1世帯あたり1ヶ月間の収支を男女別に比較した。いずれの世帯についても平均消費性向は赤字傾向を示し(例えば、夫婦高齢者世帯の年金受給額階級「80-120万円」の世帯で200.4%)、収入においては「実収入」よりも「実収入以外の収入」の額が上回っていた。特に「実収入以外の収入」に占める「預貯金引出」の割合が高かったが、「保険取金(個人年金、厚生年金基金、確定拠出年金等の私的年金を含む)」や「有価証券売却」など、「自助的収入」とも言える「見せかけの収入」が把握でき、民間営利セクターによる「収入の私的保険による社会化」が進んでいることを示すものとして注目された。また、「実収入」における「仕送り金」については、夫婦高齢者世帯のうち、年金受給額階級「80-120万円」「120-160万円」の世帯と女性単身高齢者世帯において他の世帯よりも高い傾向にあった。  
 一方、支出については、「65歳以上の無職世帯員がいる世帯」のうち「高齢者夫婦のみの世帯」では介護サービス費472円であるのに対し、「高齢者夫婦と子供夫婦の世帯」においては、介護サービス費が3,084円となっていた。「全国消費実態調査」においては2004年から「要介護認定者のいる世帯」を特定世帯として新設したにもかかわらず、介護サービス費は「消費支出」における「その他の消費支出」の中の「その他の諸雑費」に分類されている。そのため、「要介護認定者のいる世帯」における介護サービスの費用負担を明らかにすることはできなかったが、上記の結果から「要介護認定者のいる世帯」における介護サービス費用が家計に少なからぬ影響を及ぼしていることが類推された。

引用文献
伊藤セツ(1990)『経済学叢書15 家庭経済学』有斐閣.
岩田正美(1989)『老後生活費―今日と明日』法律文化社.
岩田正美・平野隆之・馬場康彦(1996)『在宅介護の費用問題―介護にいくらかけているか―』中央法規出版.
財団法人家計経済研究所(2002)『介護保険導入後の介護費用と家計』財務省印刷局.
内藤道子(2008)「第7章生涯家計とライフステージ」伊藤セツ・川島美保共編著『三訂消費生活経済学』光生館.

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