高齢者の居場所としての軽費老人ホーム
-高齢者間および高齢者と職員の相互関係に着目して-
○ 国際医療福祉大学大学院 堀井 真美子 (会員番号7754)
キーワード: 《軽費老人ホーム》 《高齢者支援》 《高齢者集合住宅》
我国の高齢化は今後大都市圏で急速に進展し、今後30年間の人口構成変化を見ると、高齢者人口の増加率が一番高いのは、東京都、次いで神奈川県、大阪府である。これら都市部における高齢者の多くは一人暮しである。早くから、アクティブエイジングの増加が期待されているが、その一方では、近所づきあいや家族関係の支えもなくなってきており、それらに替わる人間関係が形成できない孤立した高齢者が増加することが危惧される。
特に、住宅事情や身体的な不安から施設や集合住宅に移り住む高齢者はこれが課題となる。
そこで、本研究では、都市部にある軽費老人ホームで暮らすことを選んだ高齢者が、どのように暮らしているのかを高齢者間および高齢者と職員の相互関係に着目して明らかにすることで、高齢者への支援について示唆を得ることを目的とした。
本研究では、自立した高齢者が集まって住まう場所(施設)における人間関係やそれに伴う心情という踏み込んだ調査を円滑に行うことが重要と考え対象施設の選考を行った。調査対象とした東京都B市にある軽費老人ホーム(A型)(以下「ホーム」という。)は、都内在住の自立した日常生活を営むことに不安があるが、身の回りのことはできる高齢者が比較的低料金で暮らすことができる施設である。候補施設のなかで、ホームは知人が職員として勤務しているため人間関係や心情というデリケートな調査が円滑に行える可能性が高かったためにフィールドとして選び、参与観察とインタビューと主たる情報提供者(看護師・知人)からの情報収集を行った。
参与観察は、平成19年12月から平成20年9月の間、月1回8時間の頻度で訪問し、職員と入所者に関わりを持ちながら、入所者や職員の様子についての観察記録を作成した。
インタビューは、入所してから1年以上経過しており、ホームでの暮らしを肯定的否定的意見の両面から積極的に述べられるであろうと職員が判断した入所者で、本人の同意が得られた10名(男性5名・女性5名)に対して行った。職員は時間的に都合が付き同意が得られた施設長1名と介護職員3名、看護師1名である。1回90分~120分程度を目安として、半構造化インタビューを行い、許可を得たうえで録音した。インタビューのガイドは、入所者には、①ホームの暮らしで気に入っているところと気に入らないところ、②他の入所者との付き合いで気をつけているところ、③職員にどの様な事を望んでいるなか。また、職員に対しては、①入所者間にどの様な交わりがあるか②入居者からの頼まれ事はどの様な事か③入所者にどの様な事をしてあげたいか④ホームの今後の課題である。
分析方法は、インタビューと参与観察によって得られたデータを文章化し、内容分析の手順に従い分析を行った。文章を一定の長さで区切って、その内容を適切に表現する小見出しを付け、内容の似通ったものを集約し、上位の意味を持つオープンコードを付けた。さらに集約し、「入所者間の相互関係」「入所者と職員の相互関係と支援」のカテゴリーに分類し関係性を検討、これら分析は入所者および職員に確認しながらその妥当性に努めた。
調査を行うにあたっては、研究の目的を簡潔に説明し、調査については、個人が特定されないこと、強制ではないため協力しなくても不利益にならないこと、得られた結果を目的外に使用しないことを明記し、同意を得たうえで調査を行った。
4.研 究 結 果 1)「入所者間の相互関係」に関しては、入所者は、「入所して間もない頃の辛かった経験」から「ホームの入所者との距離を置く付き合い方」で、入所者間のトラブルを回避し上手く付き合っていることがわかった。一方、皆で永く住み続けたい「出て行きたくないから助け合う」という配慮が日常的に行われていることがわかった。参与観察でも、これらの人達は、重い病気を患っていても励まし合っており、「入所者の仲間意識」があると思えたし、主たる情報提供者からも、認知症の人を思いやる入所者が現れ、他の入所者へは労わりを持つように諭し、認知症の人がホームのルールを忘れても困らないように声掛けをしていることがわかった。
2)「入所者と職員の相互関係と支援」に関しては、「入所者と職員は対等」という考えの入所者が多いことがわかった。職員は「自己主張する入所者に戸惑う」こともあるが、入所者の人格を尊重すべきというホームの姿勢から得られる入所者の安心感は、職員への信頼に繋がっている。
また、入所者と職員間の「ルールをめぐっての交渉・話し合い」では、個人の自由の尊重と共同生活の秩序維持のバランスのとり方が問われていた。職員による支援は、入所者の個々に合わせ、柔軟性を持たせるべきだが、その前にホームの運営の基本方針を明確にし、このバランスの問題も明らかにすることで対応に迷いが生じないことがわかった。
本研究の結果は少なくとも他の軽費老人ホームに応用が可能である。
また、低所得者向けの施設であるということが影響する結論は全く得られなかったため、本結論や考察は自立する高齢者が住まう施設や集合住宅における居住者と職員との関係を考察するのに有用である可能性が高いと考えられた。