自由研究発表障害(児)者福祉9  水山 えみ

知的障害を伴う自閉症者の母親の「ディスアビリティ体験」に関する研究
 -母親のライフ・ヒストリー分析を通して-

○ 関西学院大学  水山 えみ (会員番号7889)
関西学院大学  松岡 克尚 (会員番号1808)
キーワード: 《自閉症者の母親》 《社会モデル》 《ディスアビリティ》

1.研 究 目 的

 障害者施策の目標として、地域での自立生活が掲げられる今日においても、社会保障 審議会・障害部会(第33回2008年)の報告によると、在宅で生活する知的障害者の9割以上が 家族と同居し、「地域生活=家族との同居」となっているという現状がある。そこには これまでの個人モデルの視座が影響していると考えられる。
 というのも、障害にまつわる問題に関して、その原因を障害者個人のインペアメントに 求める個人モデルの下では、どうしても障害の責任が個人や家族に帰属され、障害問題に 対する社会的責任の側面が重視されにくい傾向があるためである。それによって、子どもの ケアが家族(主に母親)に押し付けられ、社会福祉は補完的な役割しか果さない状態が続いて きたといえる(中根、2002)。こうした中で、家族による障害者殺しの報道が後を絶たず 報告されており、1990年以降は成人期の知的障害者(知的障害を伴う自閉症も含まれる)が 被害者となるケースが増加しているという(夏堀、2007)。
 このような課題に対して、成人期の自閉症者の母親が子どもとの生活にこれ以上疲弊しない ためには、障害にまつわる問題の責任を徹底的に社会に求めていくことのできるパース ペクティブへの転換が求められる(杉野、2007)。筆者は障害の社会モデルがその理論的 基盤となると考える。
 そのため本研究では、知的障害を伴う自閉症者の母親が、子の障害ゆえに社会から負わ されてきた不利益を障害の社会モデルの視座から「ディスアビリティ」として捉えなおし、 ディスアビリティに関する体験の内容と発動メカニズムを明らかにしていきたい。
 そして、自閉症者の家族の不利益や負担(ディスアビリティ)を少しでも軽減するために、 自閉症者の家族を支援する専門職が社会モデルの視座から家族の置かれている状況を捉え なおしていくことの重要性を示していきたい。

2.研究の視点および方法

 2009年7月~10月までの間に近畿圏に在住する成人期の知的障害を伴う自閉症者の母親 3名に対して、調査協力者の自宅で1人1時間半から2時間程度のインタビュー調査を実施した。 調査法としてライフ・ヒストリー法を用い、子の障害の発生前から現在に至るまでの母親が 生きてきた過程を聴取し、その中で子の障害ゆえに社会からどのようなディスアビリティを 経験させられてきたのか、時代背景とともに聞き取りを行った。
 こうした母親達の語りから、家族(母親達)にとってディスアビリティとは、それ単独 というよりもそれに対する自己の反応と併せ持って「体験」されていることが示唆された。 そこで本研究では、ディスアビリティとそれに対する母親の反応を含めた一連の体験の流れ を「ディスアビリティ体験」と名付け、自閉症者の母親に発動するディスアビリティとは、 この「ディスアビリティ体験」を通して語られているものとする。

3.倫理的配慮

 調査協力者の同意を得た上でインタビューを実施するために、冒頭で調査概要と個人 情報の取り扱いに関する口頭での説明、さらには筆者が作成したインタビュー・ガイドの 提示・口頭での説明を行い、調査の趣旨に同意をいただける場合のみ、署名をしていただ いた上でインタビュー調査を実施した。そして、インタビューの内容は、調査協力者の承諾 を得た上で録音・記録した。

4.研 究 結 果

 調査・分析によって、自閉症者の母親は、子の出生前の障害者との接点のなさにはじまり、 出産後の医療・教育・福祉専門職との関わり、またミウチやタニンとの関わりの中で、子の 障害ゆえに経験する社会からの不利益、つまりディスアビリティやそれに対する戸惑いや 不安、悲しみや怒りなどの相互作用、すなわちディスアビリティ体験を数多く経験してきて いることが明らかになった。
 そして、最終的にはその一つ一つのディスアビリティ体験の蓄積が、社会から子どもを 守らなければならないという親の意識を強化した結果として、自閉症者の母親は子どもの ケアの抱え込み、そうした親の抱え込みが成人期に子の自立を妨げる要因となっているだけ ではなく、母親にとっても大きな負担となっていることが示された。
 一方でこうしたディスアビリティのメカニズムの中から親と子を開放するきっかけとなる のは、自閉症者の親子を取り巻く周囲との「サポートに満ちた関係性」であることも、母親 たちの語りから明らかになった。そして、母親たちにそのようなきっかけを与える場面を つくりだす、つまりミウチやタニンと自閉症者の家族との有効な関係性を取り持つために 支援を行うことが、母親たちに関わる医療・教育・福祉専門職の責任として求められている のではないかと考察された。
 本研究ではそのような専門職の働きを「ディスアビリティの遮断」と名付け、まだ試論の 段階ではあるが、社会モデルに基づく実践として今後さらに検討していく必要があることを 示した。

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