知的障害者入所施設からの地域生活移行が移行者に及ぼす影響
に関する研究
○ 国立のぞみの園 森地 徹 (会員番号5673)
キーワード: 《地域生活移行》 《適応行動》 《客観的QOL》
日本において知的障害者入所施設からの地域生活移行は、政策上その促進が求められて いるものの、その実態について客観的検証がほとんど行われていない。これは、総じて地域 生活移行が移行者にとって望ましい成果をもたらすとされ、それ以上の深い検証がなされて いないためだと考えられる。しかし、知的障害者入所施設からの地域生活移行の促進が求め られている現在、地域生活移行の促進を図る上で重要となるのは、地域生活移行を客観的に とらえ、その実態に即した対応を行うことだと考えられる。一方、知的障害者入所施設からの 地域生活移行に先駆的に取り組んでいる国々では、地域生活移行を客観的にとらえるために、 移行者の適応行動や客観的QOLなどの変化に焦点を当て、地域生活移行が移行者に及ぼす影響 について検証を行う研究が研究の主流となっている。そこで本研究では、このような海外の 研究動向を参考にしつつ、日本において知的障害者入所施設からの地域生活移行を客観的に とらえるために、地域生活移行が移行者に及ぼす影響に焦点を当て、地域生活移行前と移行後 との移行者の客観的状態の変化についての検証を行うこととする。
2.研究の視点および方法地域生活移行に伴う移行者の客観的状態の変化の検証のために、海外の研究動向を 参考にし、移行者の適応行動と客観的QOLの変化の測定を行うこととする。調査に際して、 移行者の適応行動の測定については、適応行動尺度(ABS)を、客観的QOLの測定については 社会的不利尺度を、それぞれ用いることとする。これらの評価尺度を用いて、過去5年間に A県内で知的障害者入所施設から地域生活移行をした移行者を対象に調査を実施する。 その際、調査方法として後ろ向き調査(retrospective study)を用いる。
3.倫理的配慮調査の趣旨及び内容を回答者に説明した上で、調査データの取り扱いについて、調査 結果の目的外使用の禁止、調査データの収集範囲の設定、調査データの管理、調査対象者 の匿名性の確保、について回答者と同意書を交わした上で調査を実施した。
4.研 究 結 果 本研究では、知的障害者入所施設からの地域生活移行が移行者に及ぼす影響を移行者
の適応行動と客観的QOLの変化に着目して検証を行った。その結果、地域生活移行により
移行者の客観的QOLには多くの項目で改善が見られたが、適応行動にはほとんど変化が見られず、
不適応行動にはいくつかの項目で悪化が見られた。
これらの結果を海外の研究結果と比較すると、地域生活移行による移行者の客観的QOL
の変化については、海外の研究結果と同様に改善が見られる傾向にあった。しかし、適応
行動は海外の研究結果では改善が見られる傾向にあるものの本研究結果ではほとんど変化
が見られず、不適応行動は海外の研究結果では改善が見られる、もしくは変化が見られない
傾向にあるものの本研究では悪化が見られるなど、本研究結果と海外の研究結果の間には
共通する点と異なる点が見られた。
これらのことから、本研究における地域生活移行により移行者の客観的QOLが改善される
という仮説は支持されたが、適応行動が改善される仮説は支持されなかった。このことは、
地域生活移行による移行者の長期変化が関連していると考えられる。本研究は、地域生活前
と移行後1年の移行者の状態を比較するにとどまったが、海外の同種の研究では縦断調査に
より移行者の長期変化が検証されており、その中で、移行当初移行者に状態の悪化が見られ
たが、その後移行者に状態の改善が見られるという結果が報告されている(Fine et al 1990)
(Young et al 2001,2004) (Stancliffe et al 2002)。
そのため、今後地域生活移行による移行者の長期変化について、縦断調査により検証を
行うことが必要になると考えられる。本研究は地域生活移行前と移行後1年の移行者の状態
の比較に留まったため、その点を加味して今後海外の研究結果との比較から、さらなる検証
を行う必要があると考えられる。
Fine,MA, Tangeman,PJ,. Woodard,J(1990)Changes in adaptive behavior of older adults with mental retardation following deinstitutionalization. American Journal on Mental Retardation,94(6)
Stancliffe, RJ,. Hayden,MF,. Larson, SA,. Lain,C(2002)Longitudinal Study on the Adaptive and challenging behavior of deinstitutionalized adults with mental retardation. American Journal on Mental Retardaion,107 (4)
Young, L,. Ashman,A(2001)Closure of the challinor Ⅱ: An extended report on 95 individuals after 12 month of community living. Journal of Intellectual & Developmental Disability,26(1)
Young,L,. Ashman,AF(2004)Deinstitutionalisation in Australia part Ⅱ: Results from a long term study. The British Journal of Developmental Disabilities,50(1)