自由研究発表障害(児)者福祉7  石野 美也子

知的障害者のデス・エデュケーション構築への試み
 -実践の思想的背景を探る-

○ 京都文教短期大学  石野 美也子 (会員番号2485)
京都文教短期大学 張 貞京(会員番号5512)
キーワード: 《知的障害者》 《デス・エデュケーション》 《不安》

1.研 究 目 的

 本報告は、知的障害者のデス・エデュケーションの可能性を追求するための序論であり、構築への試みである。   
 知的障害者の「死」に対する意識を本人に直接聞きとり、調査、研究したものは無く、家族の考えや願い、又は、家族の感じ取る本人の思いを調べたものが主である。人が生まれやがて死を迎えるということは自然の流れであり、必ず訪れるものである。体が弱ってきたり、高齢になり、周囲の人々の死を経験したとき、誰もが不安になり、自分の「死」を意識するのではないだろうか。特に、障害者の高齢化が目立ってきた入所施設の昨今において、利用者の人々が、生活を共にした人々の「老い」や「死」を体験することも多い。そんな時、どの様な不安を持つのであろうか。何故、本人の声を聞く研究がないのかという疑問から本研究は始まった。また、そのことを知ることは、本人の生活の質を高めると共に、援助のあり方をその中から模索できると考えた。
 デス・エデュケーション自体が日本ではまだ浸透しているとはいえない。その中で知的障害者の人々に対してこの試みを行う目的としては,ノーマライゼーションの考えを基本に、誰もが住みなれた場所で安心して老い、その人生を終えるということは地域で暮らす高齢者であっても、施設で暮らす障害者であっても同じでなければならないのではないか。その上で避けて通ることのできない問題である「老い」や「死」について本人の思いを知ることが大切である。知的障害者の人々は「老い」や「死」をどの様に感じているのだろうか。その事を知ることは、「死に向かう」ことではなく、人間の限られた命を如何に大切に、どのように暮らすことが望ましいのか、言い換えれば、今をよりよく生きていくためには何が必要なのか、彼らが何を望んでいるのかを知る重要な手がかりとなる。それは援助をする上で最も重要なことである。
 もう一つの目的として、知的障害ということで理解できないだろうと考えられたり、自分の願いや、思いを聞かれること無く過ごす事の無いように、適切な体験を、適切な機会に経験すること、そして自分の思いを受け入れられることによって、人は大きく発達していくことをこの研究を通して立証していきたい。本報告はこの研究の一部である。  

2.研究の視点および方法

 デス・エデュケーションの文献研究及び10年前、「老い」や「死」に不安を抱き始めた利用者の気持ちを受け止め、滋賀県A施設で行われてきた不安軽減のための勉強会の歴史と、その時期に張貞京によってまとめられた現在・過去・未来に対する本人のイメージを基本に置き、その不安軽減が利用者にどのように感じられたか、その感想文の抜粋と本人からの聞き取りからデス・エデュケーションの可能性を探る。 

3.倫理的配慮

 本学会の倫理綱領にしたがって、本人を特定できないように、施設および氏名に関してはイニシャルを使用した。聞き取りに関しては、本人、家族、施設など関係者の承諾を得て行っている。なお、法律用語に従って知的障害という用語を用いる。  

4.研 究 結 果

 《デス・エデュケーションについて》デス・エデュケーションは「死」のみを見つめるのでなく、その事を通して今を如何に生きるかということにある。デス・エデュケーションの提唱者であるアルフォンス・デーケン(Alfons Deeken) は、死を心理的な死、社会的な死、文化的な死、肉体的な死の4つの側面に区別している。(1)心理的な死とは、生きる喜びを失った人、社会的な死とは社会との接点が失われ外部とのコミュニケーションが途絶えた状態、文化的な死とは生活の環境に一切の文化的な潤いがないということ、そして最後に肉体的な死を挙げている。施設でも地域でも高齢でも若者でも、この4つの死の区別の中で、人の力の及ばない肉体的な死以外の3つの死を無くすことは今後の社会福祉の大きな課題でもある。   
 《適切な機会に適切な経験を》協力を得た滋賀県A施設は滋賀県立近江学園の流れを汲み、初代園長、糸賀一雄は実践と思想を兼ね備え、日本のノーマライゼーションの魁とも言われた。また、田村一二、池田太郎という教育と心理に支えられた実践者の下に近江学園の実践は行われた。その思想と実践は、今も多くの施設の中に残っている。A施設もそのひとつで、日常的な学習もそのような環境で培われたといえる。特に10年前の「老い」の不安が高まってからは、「死」をテーマに話さなければと感じた当時の施設長は「老い」についての勉強会をしたり、高齢な画家の方のおはなしを聞いたりと利用者自らが「老い」や「死」と向かい合う形の勉強会を続けた。その感想のひとつに最初はお釈迦様の事を「知らない」と答えた同じ人が、仏教の話を聞いた後で「やさしいお釈迦様は私たちの心の中にいます」と答えた。講話を理解し、自分の言葉として発した背景には、適切なときに適切な経験を体験してきた事がある。このことからも学習の積み重ねや心理的支援を受けることによって「老い」や「死」を積極的に受け止められることがわかる。このことは高齢化が進むなかで、デス・エデュケーションの構築及びシステム作りの必要性と共に、学習の積み重ねによる可能性を示唆するものである。 

5.文 献

(本報告は平成22,23年度の科学研究費助成金(挑戦的萌芽研究)による『知的障害者のデス・エデュケーションの可能性』(代表者 張 貞京)における構築の試みを述べたものである。)
(1)アルフォンス・デーケン「よく生き よく笑い よき死と出会う」 新潮社  

↑ このページのトップへ

トップページへ戻る


お問い合わせ先

第58回秋季大会事務局(日本福祉大学)
〒470-3295 愛知県知多郡美浜町奥田
日本福祉大学 美浜キャンパス

受付窓口

〒170-0004
東京都豊島区北大塚 3-21-10 アーバン大塚3階

株式会社ガリレオ 学会業務情報化センター内
日本社会福祉学会 第58回秋季大会 係

Fax:03-5907-6364
E-mail: taikai.jsssw@ml.gakkai.ne.jp