日本社会福祉学会

１．研 究 目 的

　障害者権利条約が国連総会で採択されて久しい。また、近年の日本社会において、 児童や高齢者に対する権利侵害に関しては大きく社会的注目が向けられ、その結果、様々な 法的整備が行われた。その一方で、障害を持つ人々に対する権利侵害についての詳細な実態 把握については未だほとんど手つかずの状況である。
　このような状況を踏まえ、筆者は平成18～19年度に障害を持つ人々の当事者及び家族から 権利侵害の実態把握を行った。注１）　その結果、平成18～19年度の研究の限界性として 次の2点が挙げられた。第一に、被権利侵害者と権利侵害者との間に存在が推測される意識・ 認識の誤差を確認できなかった点、第二に障害を持つ人々の支援に携わる専門職の意識形成 及び彼らを取り巻く環境要因について把握できなかった点である。
　以上のことを踏まえ、本研究においては、障害者施設で支援に携わる専門職の視点から、 権利侵害の実態及び労働環境の実態を把握する。その上で、今後、障害を持つ人々の権利 侵害の発生予防に向けて必要とされる環境構築について検討することをその目的とする。

２．研究の視点および方法

a.研究の視点
　障害を持つ人々に対する権利侵害の事象に関して、知的障害者施設で専門職として従事 する支援者の視点から実態把握を行い、彼らを取り巻く環境や労働条件との因果関係に ついて検討する。具体的には、１）権利侵害を行った経験の有無、２）労働環境の把握、 ３）支援に関しての先輩からの示唆、４）職場に対する満足度との関連性、について分析 する。
b.研究方法
１）調査実施時期：2010年2月23日～3月10日
２）調査方法：郵送によるアンケート調査
３）調査対象者：A県内の障害者施設において、施設長の承諾が得られた機関で支援に 携わっている職員
４）質問項目：①基本的属性、②労働環境状況、③権利侵害を行った経験の有無、④職場に 対する満足度

３．倫理的配慮

　本研究を実施するにあたり倫理的配慮として以下の点を実施した。第一に、本研究の 趣旨を詳細に説明し、承諾が得られた施設に対してのみ実施する。第二に、本研究について 事前に調査の趣旨・目的・方法を詳細に文書にて説明し、承諾を得られた対象者のみ実施 する。第三に、対象者から得られた情報はすべて匿名でかつ統計的に処理する。

４．研 究 結 果

１）　対象者
　A県内131障害者施設のうち、施設長の承諾が得られた31施設の支援者に対して、アンケート 調査を実施した。
２）　基本的属性
　254名から有効回答が得られた。性別は、男性84名（33.1％）・女性170名（66.9％）で、 平均年齢は43.16歳（±13.02）だった。平均勤務年数は、平均6.35年（±6.6）だった。
３）　労働環境
　年間所得は200万～300万円が36名（33.0％）と最も多く、次いで100万円以下が15.7% だった。
４）　権利侵害に対する経験の有無
　利用者に対する権利侵害については、「利用者を殴ったことの有無」については26名 （10.2％）が「ある」と回答した。「部屋に閉じ込めたことの有無」については23名（9.1％） が「ある」とし、また「薬を食事に混ぜたこと」について54名（21.3％）が「ある」と回答 した。
５）　職場に対する満足度
　労働環境に関しては、「給与」に対する不満度が最も高く、「満足していない」とした ものは81名（31.9％）で、「とても不満」が28名（11%）だった。
５．考察
　本研究結果より、障害者施設において専門職として直接障害を持つ人々に関わっている 人々の視点から権利侵害に対する事実が確認された。しかしながら、その事象の背景には 彼らを取り巻く過酷な労働環境等がその要因として考えられる。今後はよりよい支援の実現 に向けての支援者に対する環境構築が必要と考えられる。
　尚、本研究は、平成21年度日本学術振興会科学研究費基盤研究（ｃ）「障害を持つ人々の 権利侵害と環境要因との関連性に関する研究」（代表研究者：増田公香）により実施した。

注１）増田公香、「加齢する障害を持つ人々の権利侵害に関する研究」（平成18～19年度 日本学術振興会基盤研究（C））成果報告書、2008年