自由研究発表障害(児)者福祉5  玉井 智子

聴覚障害児を持つ聴者両親のろう学校選択経過における一考察
 -期待をこめたろう学校転入決断へ 聴者両親の意識変化-

○ 松山大学  玉井 智子 (会員番号6604)
キーワード: 《手話コミュニティ参加》 《親の意識変化》 《環境因子との相互作用》

1.研 究 目 的

 聴覚障害によるコミュニケーション困難な状況は、多様な発達的側面に影響を及ぼすと されることから、早期発見、言語、コミュニケーション等の支援が必要であるとされる。 また、聴覚障害児については、90%が聴者の両親であることから、基礎的コミュニケーション 関係の形成不十分等による生活・社会的行動等についての二次的障害の恐れを考え、母子 関係や家庭環境整備への支援の必要性が強調されている(奥野、2008)。
 手話は聴覚障害の程度にかかわらず有効なコミュニケーション手段であり、ろう者両親 のもとに生まれた聴覚障害児は、自然な形での手話獲得が可能だが、聴者両親の場合は両親 の手話習得が必須であり、聴覚障害や手話についての知識不足や誤解、習得サービス未整備 等から、手話選択に消極的なケースも少なくない。
 聴覚障害児教育の場は、ろう学校、難聴学級等があり、難聴学級等で学ぶインテグレーション は増加している。過去の事例において、聴覚障害児を持つ親がインテグレーションを選択 する主な理由は、聴児と同じ学習環境や学年対応の勉強をさせたい等があり、インテグレーション は聴覚口話による聴児集団への参加を前提としている(中野、2008)。また親が子を地域 からろう学校に転入させる主な理由は、「授業についていけない」などの「限界」や「あきらめ」 といったもので、このような経験をした聴覚障害児が、親から見放されたなどの自己否定感、 ろうでも健聴でもないといったアイデンティティ確立困難など心の問題を背負う事例が報告 され、適切な対応が求められている(河崎、1999)。
 聴覚障害児とその親が健康的な親子関係を形成し、親の障害受容を促し、子の生活環境の 適切な選択等を可能にするための親支援は重要な課題である。そこで本研究では、子に音声 言語獲得困難があるため音声言語による親子コミュニケーションは困難で、筆者の手話習得 支援により親子手話コミュニケーション関係を形成したが、ろう者コミュニティへの参加に 対しては消極的で、インテグレーションを希望してきた両親が、意識を変化させ、子をろう 学校へ転入させることを決断した事例について検討する。

2.研究の視点および方法

 対象とする聴者両親は、療育専門職者に子が2歳半当時「子は音声言語獲得困難」と 評価されるとともに、手話学習を勧められ、筆者との個別学習を開始した。学習開始時、 手話についての知識は皆無、母親の学習姿勢は義務感や焦りが感じられた。母親と子の コミュニケーションは、学習開始から2年経過頃から手話でおおむね通じるようになり、 3年後には「通じ合う実感」を得られるようになった。手話習熟状況から、筆者は聴者で ある筆者との手話学習は終了すべきと判断し、ろう者と交流し自然な会話から手話を身に つける「手話コミュニティ留学」を勧めたが、両親は講義形式の市手話講習会を選択した。
 両親はこれまで、ろう学校に対して教員とのトラブルや、在籍児童と子は「ちょっと違う」 などの違和感等から拒否感を示しており、地域幼稚園、小学校を選択してきた。このこと から筆者は、手話コミュニケーション環境整備を目的としたアプローチを幼稚園、小学校に 試みた。教員や児童は手話を少しずつ日常生活の中に取り入れ、子は長期欠席等なく幼稚園、 小学校生活を過ごしていたが、2年次修了時に両親は、これまでの地域生活に「期待」を もって一区切りつけ、ろう学校に「もっと知り、学び、成長できる」というステップアップ 目的で転入するという決断を行った。この決断への経過と環境因子との相互作用について、 両親に対する聞き取り調査、質問紙調査、意見交換等から得た情報を検討し、ICF国際生活 機能分類の視点を活用して考察する。

3.倫理的配慮

 当該聴覚障害児とその両親に、本研究発表についての趣旨を説明し、同意を得た。

4.研 究 結 果

 ろう学校選択理由を両親は、①教科等学習充実②手話コミュニケーションがいつでも、 だれとでもできる場所、とした。そして、「もっと成長できると思う」「今のまま明るく、 陰のない子に育って欲しい」という表現で、ろう学校が子にとってより良好な環境である という理解を示した。決断に至る背景に、①地域小学校における子のコミュニケーション、 教科学習等の状況と地域小学校の環境未整備に関する課題②ろう学校の環境変化(新担当 教員との信頼関係形成、在籍児童の増加等)③両親の手話コミュニティ体験等による意識 変化、が考えられた。ICF国際生活機能分類の視点でこの経過を考察すると、子は聴覚障害 による音声言語コミュニケーション活動及び対人関係などに困難があったが、手話コミュニ ケーションによって改善した。両親は音声言語主体である地域小学校に「子は手話でなら 通じる」として入学および配慮を希望、これを受けて環境整備アプローチを試みるも課題は 多く、地域小学校生活は子にとって阻害因子化する可能性が出てきた。一方でろう学校には、 手話コミュニケーション保障等に加え、環境変化により促進因子化の可能性が生じた。両親 は講義形式を想定して選択した手話講習会において、予想以上に活発な手話コミュニティ参加 を経験したことと、ろう学校担当新教員からの熱心な勧誘等により、手話やろう者への見方 を変化させた。両親の手話コミュニティ参加には、子の小学校等への手話通訳者派遣制度 担当者が、講習会担当通訳を兼ねており、ろう者、難聴者との交流を援助するなど好影響 を与えた。そして、成人ろう者と手話で通じ合う経験、子のロールモデルとなるろう者と 出会う経験等が両親の自信や積極性を高めたこともまた、意識変化に影響を与えたと考え られる。これらの子の成長、両親の状況、子を取り巻く環境因子それぞれの状況が呼応して 活発化した相互作用が、両親の決断を促したと考える。

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