自由研究発表障害(児)者福祉4  山村 りつ

合理的配慮の効果的運用における精神障害者の特性への配慮
 -裁判記録レビューからの考察-

○ 同志社大学大学院社会学研究科博士後期課程  山村 りつ(会員番号7820)
キーワード: 《合理的配慮の基準》 《二次的配慮》 《》

1.研 究 目 的

 合理的配慮とは,2007年9月28日にわが国が署名した「障害のある人の権利に関する条約 (Convention on the Right of Person with Disabilities:以下,条約)」の記述によれば 「障害のある人が他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使 することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整(第2条)」(長瀬ほか2008:47)と され,この配慮の欠如を障害者差別として禁止しているのが合理的配慮の規定である.条約の 批准のためには当然この規定の履行が求められるため,批准に向けた取り組みにおいても, この規定への関心が高まっている(長瀬ほか2008).
 合理的配慮規定の履行に不可欠となるのが,何が(どこまでが)合理的な配慮であるのか という基準を示すことであるが,この基準は各障害種別の障害特性によって異なることが 推察され,合理的配慮の基準設定においてもその点が考慮される必要があると考えられる. しかしながら,わが国の合理的配慮に対する研究の中で,合理的配慮における障害種別による 違いに関する研究はあまりみられず,精神障害者の就労に関しても,その障害の特性のために どのような合理的配慮が必要であり,その規定の実効力をもった運用においてどのような課題 があるのかについて,十分な検討がされているとは言い難い.
 本研究はそのような問題意識に立ち,合理的配慮における精神障害および精神障害者の 特性と,その特性に基づく合理的配慮規定の運用に必要な対策について検討することを目的 としたものである.

2.研究の視点および方法

 アメリカでは,ADA(American Disabilities Act)などによって合理的配慮規定の運用 において20年近い歴史をもり,その中で精神障害者への合理的配慮の特徴を対象とした研究 が多くみられる.これらの先行研究はもちろんのこと,現在でも繰り返し起こされる合理的 配慮に関連した裁判は,まさに今,合理的配慮の運用において問われている課題を示している といえる.
 そこで本研究では,精神障害者の就労における合理的配慮という点について,主にADAとの 関連における合理的配慮の判断が争点となったアメリカの裁判記録を収集し,その中から特に 精神障害および精神障害者の特性に関連したものを抽出し,実際の規定の運用の中でみられた 特徴と課題について整理を行った.

3.倫理的配慮

 研究で用いた裁判記録については,判例閲覧のためのデータベース「Find Law (http://  www.findlaw.com/casecode/index.html)」および,「Open Jurist (http://openjurist.org /)」 を利用して収集した.いずれのサイトも実務だけでなく教育・研究を目的とした判例の参照 を認めたものであり,その資料の利用について本研究および発表に抵触する制限等はなかった. ただし,両サイトはあくまでも情報提供を目的としたものであり,一切の法律上の助言を与える ものではなく,記録に対する解釈はあくまでも発表者個人によるものである.

4.研 究 結 果

(1)合理的配慮のタイプの特徴
 先行研究および裁判記録からは,合理的配慮の内容について精神障害者特有の状況がある ことが示された.精神障害者のために必要となる合理的配慮の中心は,物質的な環境よりも 業務内容や勤務体制などのシステムや規則の変更や,他の従業員との関係性における配慮と なるとされ,その結果,配慮の提供にあたって雇用主の経済的負担はそれほど大きくはなら ないが,しかし逆に,物質的でない部分での配慮が重要となるために,雇用主だけでなく職場 の他の従業員への影響や負担が生じる可能性がある.
 さらにそのような特徴により,精神障害者への合理的配慮には「継続性」という特徴が 生じることとなる.この特徴は,精神障害における別の特性である症状の動揺性や,そのための 予測困難性といった点からも強調されるものである.
(2)合理的配慮の保障のための支援の必要性
 精神障害者への合理的配慮においては,その内容だけでなく,配慮を獲得していくプロセス においても精神障害特有の条件が作用しており,そのため精神障害者自身が配慮要求・獲得 を保障するための支援が必要であると考えられる.
 この課題については,2つの背景が考えられる.1つは障害の開示に関わる問題であり, 合理的配慮を得るために必然的に求められる障害の開示が,精神障害者にとっては抵抗を 伴うものであり,その結果,合理的配慮の要求を極力控えることで,必要な時に必要な配慮 を得られないという状況が生じる.もう1つの背景は,精神障害者のもつコミュニケーション 能力上の課題によるものであり,その意味で,精神障害をもつ従業員と雇用主の間で合理的 配慮の形成のための合意を得るための支援が必要となることが示唆された.
(3)障害および障害者についての認識
 精神障害者への合理的配慮には,他の障害をもたない従業員に対しても業務規程の変更や 付加的な業務などの負担が生じる可能性があり,雇用主は従業員との調整を通してそれらの 配慮を提供する責任があるが,一方で従業員個人の障害や障害者についての認識をただし たり変更させることまでは責任を負わず,また合理的配慮の規定もそのような強制力をもつ ものではないが,精神障害者の就労においてはそのような周囲の人間の認識や,それに基づく 態度が大きな影響を与えるものであり,その点にどう対処するかが課題となる.

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