精神保健福祉領域のソーシャルワーク関係に関する実証研究
-「自己規定」「対象者観」「関係性」「実践行為」の関連-
○ 日本福祉大学 大谷 京子 (会員番号2998)
キーワード: 《ソーシャルワーク関係》 《精神保健福祉》 《実証研究》
ソーシャルワークにとって,ソーシャルワーカーとクライエントとの関係性が重要
であることに異論の余地はない。しかしその内容については、友人関係のような平等性
や相互性のない一時的なもの(Biestek=1989)といった説明の一方で、友情や親密さと
いった用語で示される関係性(Brun他 2001)や,協働,信頼,力の共有(Gutierrez
1990)が重視されたりしている.つまり相矛盾するような多様な解説が共存している
のである。
また関係性に影響する要因について,ソーシャルワーカー自身とクライエントに
対する認知が挙げられている(Combs=1985:Ruch 2005:横山2006:Shattell他 2007).
さらに坪上(1998)は,援助関係の結果として,ワーカーが自らのあり方を問い,
見直さざるをえなくなるような関係性を「循環的関係」として解説している.しかし
こうした自己認識や位置づけ,クライエントに対する対象者観の構成要素について,
さらにはそれらの「関係性」への影響と「関係性」からの影響について,実証的に
検証はなされていない.
したがって,精神保健福祉領域におけるソーシャルワーカーとクライエントとの
関係性の中身と,その関係性はソーシャルワーカー自身の「自己規定」と、クライエント
をどのように捉えるかという「対象者観」に影響されるか、そして実際に関係性が実践
に影響するのかを明らかにすることが求められている.そこで,これらの課題を検証
するために量的調査を実施した.
2種類の質的調査を踏まえ質問紙を作成し,2回のプリテストを実施した(大谷 2010).
そこから項目を精緻化させ、142項目からなる質問紙調査を実施した。調査期間は,2009年
12月24日から2010年2月末日までである.日本精神保健福祉士協会会員の内,プリテストへ
の協力を得たX県会員を除く現任者5,595名に調査票を郵送した.2週間後に督促のハガキを
送った結果,1,945票が返却され,属性項目以外への回答のなかったものを除くと1,938票
であり,有効回答率は34.6%であった.
分析はMplus5.21を用いた.探索的因子分析(最小二乗法・プロマックス回転)を行い,
因子負荷量が0.30未満の項目を除外し,スクリープロットの形状と因子の解釈可能性から
因子数を決定した.その上で確認的因子分析(最尤法・プロマックス回転)を行い,各回
答者の各概念に対する被験者母数を算出し,その得点を観測変数として,共分散構造分析
(以下SEM)を行った.SEMのみ,PASW Statisitics18を使用した.
回答は統計的に処理し個人を特定しないこと,研究以外の目的では使用しないこと, 回答をしないことによる不利益は生じないことを約束する文書を同封した.また協会理事会 と、日本福祉大学の倫理審査委員会から承認を受けた.
4.研 究 結 果
「自己規定」については、「連帯者」、「援助者」、「省察者」、「use of self」
という4因子を抽出した。「対象者観」については、「師匠」、「被保護者」、「責任主体」、
「ストレングス」という4因子を抽出した。「関係性」については、「パートナーシップ」、
「職業的援助関係」、「柔軟」、「信頼関係」、「対等」という5因子を抽出した。「実践」
については、「地域志向」、「疾病管理」、「集団支援」、「個別支援」因子という4因子を
抽出した。
項目反応理論を用いて、これらの因子の被験者母数を算出し、それを観測変数としてSEM
を行った結果が以下の通りである。適合度指標はCFIは0.80、TLIは0.77だった。また全ての
パスは0.1%水準で有意だった。
「自己規定」と「対象者観」は「関係性」に有意に関連することが明らかになった。クライエント
がどのようなであるかに関わりなく、ソーシャルワーカー側の認識が、「関係性」に影響する
のである。この結果から、クライエントとの関係形成のために、ソーシャルワーカーは、
自らのあり様とクライエントに対する認識を振り返る必要があることが示された。
また「関係性」は「実践」に有意に関連することが明らかになった。本調査では、「実践」は
ソーシャルワーカーの行う行為として測定した。したがってソーシャルワーカー‐クライエント
関係が、ソーシャルワーカーの行為を左右することは検証された。
本調査の限界は、測定した概念はすべてソーシャルワーカーの視点からの評価であり、 バイアスが含まれる可能性を否定できないこと、クライエント側の要素が組み込まれて いないこと、実践の結果や効果への影響は検証できていないことがあげられる。今後、 さらに質的調査による分析が必要である。
本調査は、平成21年度文部科学省科学研究費基盤(C)の補助金を受けて実施したもの
である。