就労継続支援A型事業所における従業員を対象とした人材育成の現状
-社会福祉法人カナンの園カナン牧場(岩手県一戸町)を事例に-
○ 株式会社邑計画事務所 熊谷 智義 (会員番号7774)
キーワード: 《障害者 福祉》 《就労継続支援》 《当事者活動》
本研究は、就労継続支援A型事業所で働く障害(主に知的障害)を持った当事者(以下、従業員)が、働く場において、エンパワーメントしてきたプロセスに注目し、個別事業所を対象とした調査を行うことで、自治会活動による人材育成の経緯と支援にあたる職員のあり方などを把握し考察することで、その現状を明らかにするものである。また、当事者活動と支援のあり方を問う観点から、他の類似事業所における取り組みに際して参考となるように試論的な分析を行うことで、有効な知見を得ることを目的としている。
2.研究の視点および方法 社会福祉法人カナンの園・多機能型事業所カナン牧場(以下、カナン牧場)において、筆者らが2008年度に実施した従業員対象の調査では、多くの従業員が自らの成長を実感しており、業務と共に従業員による自治会活動が重要な役割を果たしていること示唆された。この活動は当事者活動であると共に、人材育成の性格を有するものである。
カナン牧場は、有限会社として設立(1982年)後、福祉工場(1998年)を経て、自立支援法施行(2006年10月)時に就労継続支援A型事業所に移行、2007年には、就労移行事業が加わり多機能型事業所となった。自治会組織(エピの会)は、福祉工場としての事業が始まった時より活動を開始している。10余年の活動は、当初、従業員が働くことに対する意識づけや個々で抱えた課題への対応を主体とし、その後、外部研修の実施や他の事業所の見学など、外への関心の拡大及びより主体的な活動への質的な変化が見られることに注目し、仮説的に3期に分けた。その妥当性を検証するため、従業員及び職員を対象としたグループインタビューや半構造化面接法による聞き取り調査等を行うと共に、各期の活動状況と特徴、質的変化と職員の支援のあり方について考察することとした。
なお、A型事業所の制度面の課題やプロジェクト提案などの先行研究はあるものの、従業員の人材育成の現状に言及したものはほとんど見られない。また、高橋ら(2009)がB型事業所を対象に行った事例分析でも人材育成にわずかに触れている程度に留まっている。
本事例でとりあげる事業所の名称や所在地等については、口頭発表等における実名公表の承諾を文書で得ていることから、配付資料においても実名表記とする。
調査にあたっては、自治会組織の記録綴りを閲覧し、活動の経緯や変化について把握すると共に、活動を実際に経験している従業員を対象としたグループインタビュー及び職員対象の聞き取り調査を行った。これらの調査結果については匿名で取り扱うものとした。
カナン牧場では、障害者30名を雇用して福祉工場を立ち上げるにあたって、人材の育成を大きな課題ととらえ、従業員らによる自治会を設立し活動に取り組んできた。10余年間の活動を3つの時期(①創設期、②充実期、③発展期)に分けて、比較考察した結果、活動の傾向及び職員による支援のあり方の特徴として、以下の状況が明らかとなった。
創設期(1998~2001年)は、自治会が模索しながら活動を開始した時期であり、従業員の働くことに対する意識づけを図り、働きやすい職場を作るため、毎月の定例会と研修会が行われた。定例会では、従業員の仕事上の悩みや人間関係、生活をする上での不安などが話し合われた。また、外部講師を招いたり、一般事業所での就労経験のある仲間の話を聞いたり、“話し方”などのテーマを設定した研修会が実施された。職員は、これらの活動において、働く集団としての意識の形成を促した。
充実期(2002~06年)には、外部研修の実施や派遣などで視野が拡大した。他の事業所の見学会や、外部セミナーへの参加派遣、また他地域より当事者活動メンバーを招いて交流会を行うなど、外部との関わりに重点を置いた。これらの活動を通して、当事者による活動の多様さや可能性を感じる契機となった。職員は、従業員の多様な課題やニーズを受け止め、それらに適した研修機会の提供、研修機会を設定するための手助けを行った。
発展期(2007~10年)においては、自治会組織に実行委員会を設置し、明治学院大学より中野敏子氏を招いて研修会を実施することで自信を持つ(2007年)と共に、地域住民との交流会や外部での研修会、視察者来訪時の説明など、従業員自らが説明し始めた(2008年)。さらに、①出身校(三愛学舎)評価の実施、②保護者との交流会の開催、③他のA型事業所の視察・見学会の活動等に取り組んだ(2009年)。これらの活動は、従業員自らが企画、実行しており、職員は必要に応じてサポートする役割を果たし、仮に準備や運営に不手際や不都合が多少生じた場合でも、見守ることが基本と心がけて関わっている。
以上のように、カナン牧場では自治会活動を通して、従業員の人材育成が行われてきた。すなわち、集団で働くことについての意識づけを経て、外部との関わりの中での多くの学びがあり、これらの経験と職員によるサポートが、実行委員会形式で従業員自らが主体的に行う活動の展開へ、大きく寄与してきたのである。
熊谷智義ほか(2009)「福祉工場における従業員の意向を反映した運営のしくみづくりに関する研究」,『第15回「地域保健福祉研究助成」報告集』 ,(財)大同生命厚生事業団,pp.26-30.
高橋岳志ほか(2009)「食品加工事業における知的障害者就労支援の最適モデルの構築に関する研究」,『岩手大学教育学部附属教育実践総合セン ター研究紀要8』,pp.143-159。