障害者の所得保障に向けた福祉的就労の現状
-I県における就労継続支援A型事業所の調査から-
○ 宮古圏域障害者支援センター 湊 直司 (会員番号7436)
岩手県立大学 佐藤 嘉夫 (会員番号385)
株式会社邑計画事務所 熊谷 智義 (会員番号7774)
キーワード: 《福祉的就労》 《所得保障》 《就労継続A型事業所》
障害者の所得保障のあり方として、一般企業への就職は大きな選択肢ではあるが、いわゆる福祉的就労の場の確保も重要な要件である。一方、就労継続支援B型事業所(以下、B型事業所)など、福祉的な支援を受けながら働く場については、障害者の自立した生活を支援するために工賃水準の引き上げが必要とされ、その運営改善や、雇用契約を結び一定の所得保障を実現している就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)への移行が促進されている。しかし、両者の運営状況の差異は大きく、その移行は容易ではない。
I県内には8法人が運営するA型事業所があり、それぞれにおいて、各種食品加工やクリーニング業など、運営のノウハウが蓄積され、特徴ある事業が展開されている。また、現場においても、事業を継続的に行うための共通の要素と独自の工夫がある。
そこで本研究では、多様なA型事業所の運営実態を明らかにすることで、今後の所得保障を前提とした福祉的就労の場の確保に向けて、有効な知見を得ることを目的とする。
既存の福祉的なものから、労働へ大きくシフトし、営利活動を前面に出した運営を迫られるA型事業を推進するにあたり、「運営にあたっての理念」「職員に求められる役割や能力(資質、専門性)」「従業員(利用者)からみた満足度」等の観点で、I県内全8ヶ所のA型事業所を対象とした半構造化面接法による聞き取り調査を行う。
これまでの「福祉的就労」に関する研究では、遠山(2008)が、障害者の就労保障の観点から分析しているほか、斉藤ら(2004)は福祉工場や授産施設のあり方について、高橋ら(2009)は、B型事業所の実態について、それぞれ分析を行っている。しかし、これらの研究では、事業運営における「理念」「職員の専門性」「従業員満足」といった観点からの分析や、複数の事業所間の比較、類型化などまで踏み込んだものとはなっていない。
本調査は、「日本社会福祉学会研究倫理指針」(2004 年10 月10 日施行)に従い、本調査・研究の目的及び内容に関する説明とその協力依頼を文書にて行い、調査結果から個人が特定されることはないこと、調査により得られたデータは本研究以外の目的に使用することがないこと、調査結果の公表は調査対象者の閲覧の後に行うことを約束した。
4.研 究 結 果
I県内各A型事業所を対象に、①事業所の設立経緯、②運営理念や方針(基本理念、自立や就労に対する考え方)、③運営の現状(事業展開内容、生産量、販売額、流通・販売、取引先等)、④A型事業を運営するにあたり必要とされる職員の資質、⑤従業員(利用者)の状況(年齢、性別、出身、前職、勤務状況等)、⑥技術習得(研修)や職業訓練等の状況(職員による支援の状況、求められるスキルなど)、⑦本人活動の状況・生活状況および支援の状況、⑧地域との関係、⑨事業運営上の課題と方向性、⑩事業所の取り組みの独自性について等、これらの点について聞き取り調査を行った。
その結果、明確に障害者の所得保障や労働者性の獲得といった理念を打ち出して運営している事業展開と、既に収益性の高い事業に取り組んでおり、所得の配分の方法としてA型を選択している事業展開という二つの基本的要素があることが見えてきた。そこで、この二点に着目して、試論的に分類(類型化)を行うものとした。
パターン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
理念先行型事業展開 | ◎ | ○ | ◎ | ○ | △ | ◎ | ○ | △ | △ |
収益事業先行型事業展開 | ○ | ◎ | ◎ | ○ | △ | △ | △ | ◎ | ○ |
また、「視点」で示した観点で比較したとき、その内容に強~弱などの違いが見られること、そして、それらの観点が独立している訳ではなく、 関連している面があり、例えば、理念の違いが職員に求められる役割の違いとなり、さらに従業員の感じている満足度の違いとなっている場合が 見受けられる。
このように、A型事業の運営状況は多様であるが、新たに事業展開する上で、試論的に行った二つの基本的要素による分類とさらに複雑なバリエ ーションによる類型化が可能となり、A型事業を運営するに当たっての条件が明らかとなった。
[参考文献]
遠山真世(2008)「障害者の就労問題と就労保障」,『季刊・社会保障研究』pp.161-170。
斉藤公生ほか(2004)「日本版保護雇用(社会支援雇用)制度の創設に向けて」,『厚生労働科学研究 障害者(児)の地域移行に関連させた身体障害・ 知的障害関係施設の昨日の体系的なあり方に関する研究』pp.13-32。
高橋岳志ほか(2009)「食品加工事業における知的障害者就労支援の最適モデルの構築に関する研究」,『岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要8』pp.143-159。