発達障害者を対象とした就労支援の現状と課題
-就労移行支援事業所における実践を踏まえて-
○ 立命館大学 衣笠総合研究機構 太田 啓子 (会員番号6982)
立命館大学大学院 梁 陽日 (会員番号7886)
キーワード: 《発達障害》 《就労支援》 《グループワーク》
本報告では、報告者の勤務する就労移行支援事業所(以下、当事業所)におけるカリキュラムをとりあげ、発達障害者を対象とした職業訓練実践から課題について考察することを目的とする。当事業所では、主に発達障害者を対象とし事務系の職業訓練を行っている。基礎的なPC操作やビジネスマナーを始めとして、企業などからの受託作業も行っている。一方で、自己の障害特性を理解し、コミュニケーションスキルの向上も目的としたグループワーク(以下、GW)という授業をカリキュラムの中に取り入れてきた。このGWは、これまでスキルや資格取得に偏りがちだった職業訓練の現場において、発達障害者を対象とするうえでの先駆的な取り組みであると考えられる。本報告では、エンパワメントの要素をもつGWが、発達障害者の職業訓練においてどのような影響を与えたのかについて、考察する。
2.研究の視点および方法 2004年に施行された発達障害者支援法により、発達障害者が法的に支援されるシステムが作られるようになった。早期発見・早期療育というスローガンのもとで幼児期からスペシャルな療育・教育を行うことが目指されている。しかしながら現在、発達障害者にとって教育から就労への移行に関する課題は残されたままである。発達障害者にとっては、初職に適応できることで、その後の生活設計にも見通しが立てやすくなるが、その選択を誤れば離職率は非常に高くなるといわれている。一般企業を意識した障害者の職業訓練は、職場適応能力を育てることが目指される。また、発達障害者の就労支援については、①障害特性を本人が理解し、②障害受容と職業準備の一体的支援体制を整備する、③職場の環境を調整することが重要である。
本報告では、当事業所におけるカリキュラムの中からGWという授業を取り上げ、そこで使用された配布物や利用者の感想、まとめた冊子などから、発達障害者の職業訓練における課題を考察する。報告者は職業指導員としてGW実践に関わった。取り上げるGW実践については、平成21年10月から平成22年3月までの半年間に行った第Ⅰ期、全19回分である。1回につき2時間のGW実践であり、参加者は当事業所(20名定員)に通所する発達障害者がメインであった。
本報告にあたって、報告者は、所属する事業所の了解をとった。報告内ではプライバシーに配慮し、報告者の勤務する事業所は当事業所、利用者特定の個人名は出さない。
4.研 究 結 果 全19回のGWは、3回のスポーツ活動を含んで、レクチャー、ワークシートの発表、数名のグループごとに分かれての話し合いなどが行われた。毎回のテーマは異なるが、自身のエンパワメントや安心できる環境や居場所での自己の感情に気づき、『自己をみつめる』ことが共通の目的とされた。参加回数は11~15回が最も多く10名である。当事業所に通所する発達障害者は、療育手帳の所持者よりも精神保健福祉手帳所持者のほうが多く、ほとんどが普通学校・普通学級を卒業し高卒以上の学歴を持つ人である。職歴のある人も数名いる。
第19回終了後のGWを受けた感想としては、全員が「楽しかった」と回答した。このGWでは、「自分を大切にする」ことに主眼が置かれており、自分を癒す方法を他の利用者からアドバイスもらうプロセスの中で、人との関係性においてネガティブに陥りがちな考え方をポジティブに変えることを学んでいた。当事業所の利用者は過去に人との関係の中で負の体験をした人が多く、安心できる環境を構造的に作ることで負の体験を他者に語り、ありのままでいいのだというピアカウンセリング的な効果も生まれた。
また、GWは当事業所の利用者全員が参加するプログラムであるので、仲間づくりや人とのコミュニケーションを意識したものになったと考えられる。GWの時間以外の構造化されていない、たとえば休憩時間などにおいても、積極的に会話が生まれるなどの効果があった。GWでの話し合いをきっかけにして、他者の興味や関心ごとなど話のネタが聞けたり、自分では気づいていない他者からのポジティブな評価を聞くことで他者への親近感も生まれたものと考えられる。
このようなGWの効果は、当事業所の職業訓練において、指導員と利用者との関係性や仕事の効率やしやすさなどに影響を与えたと考えられる。特に発達障害者の職業指導においては、関係性の構築が重要であり、よい関係性は報告や相談といった基本的なビジネスマナーにも影響し、またコミュニケーションが活発になることで当事業所全体の雰囲気もよくなったといえる。スキル獲得だけではなく、特に発達障害者の職業訓練においてはグループセラピー的なプログラムなど、メニューの豊富さや多様性が必要であると考えられる。
障害者職業総合センター(2009)『発達障害者の就労支援の課題に関する研究』