自由研究発表障害(児)者福祉1  木曽 陽子

「気になる子ども」や障害のある子どもを含む保育における保育士の困り感変容プロセス
 -保護者との関係に焦点をあてて-

○ 大阪府立大学大学院  木曽 陽子 (会員番号07760)
キーワード: 《障害のある子ども》 《保育士》 《保護者》

1.研 究 目 的

 現在の保育現場は、数名の障害児を対象とする従来の統合保育の概念では対応できない状態になっている。その原因は、近年指摘されている「気になる子ども」や軽度の発達障害児の存在である1)2)。しかし、これらの子どもたちに対応する支援体制は十分でなく、多くの保育士が困り感を抱いていることが指摘されている3)。その困り感の原因としては、対象児への対応だけでなく、保護者への子どもの状態の伝えにくさや、保護者支援の難しさが挙げられている。
 これらの現状を踏まえて、本研究では以下の調査目的をもとに調査に取り組んだ。すなわち、本研究の目的は、「気になる子ども」や軽度の発達障害児を含む統合保育の中で、保育士が抱えている困り感の変容プロセスを明らかにすることである。本報告では、上記の目的に基づく研究結果のうち、保護者との相互作用の中で見られた保育士の困り感変容プロセスに焦点を当てることとする。

2.研究の視点および方法

1)データ収集
 ①調査対象者:公立保育所の保育経験11年以上の保育士5名に調査を行った。
 ②方法:1対1の半構造化面接法で各1回行った。
 ③面接内容:「気になる子ども」や障害のある子どもを含む保育の経験や思いを聞いた。
 ④データ量:総時間数7時間6分、逐語録A4用紙163ページとなった。
 ⑤調査期間:2009年3月から6月であった。
2)データ分析
 ①方法:修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下、M-GTA)を用いた。
 ②分析焦点者:「気になる子ども」や障害のある子どもを含む保育を行う保育経験11年以上の公立保育士とした。
 ③分析テーマ:「気になる子ども」や障害のある子どもを含む保育を行う保育士の困り感変容プロセスとした。
 ④質の確保:分析の途中でM-GTAによる分析経験のある教員にスーパーバイズを受けた。  

3.倫理的配慮

 調査協力者には、調査の主体、目的、概要、報告手順、プライバシーの保護、録音の承諾などについて口頭と文章で説明を行い、合意が得られた人にのみ面接調査を行った。また、今回の研究で得られた情報は、大阪府立大学大学院人間社会学研究科院生研究室において厳重に管理し、プライバシーの保護に十分配慮した。これら一連の調査については、大阪府立大学人間社会学研究科倫理委員会で承諾を得ている。

4.研 究 結 果

 分析の結果、保育士の困り感変容プロセスの中で、≪子どもとの相互作用≫、≪保護者との相互作用≫、≪園内職員との相互作用≫という3つのコアカテゴリーが見いだされた。本報告では、3つのコアカテゴリーのうち≪保護者との相互作用≫について述べる。
 ≪保護者との相互作用≫は、保育士が保護者支援において、"子どものため"を重視する視点から、保護者の思いを重視する視点に転換していくプロセスであった。しかし、保護者の思いを重視することによって困り感が完全に消失するわけではなく、多くの場合、最後まで葛藤を抱いていた。≪保護者との相互作用≫の結果図は図1のとおりである。

《保護者との相互作用》の結果図
 この結果から、ある程度の経験年数のある保育士であっても、保護者との関係において強い困り感を抱いていることが明らかになった。特に、≪保護者の要因≫である『子育て困難感』『社会的・身体的・精神的困難性』と、この2つに影響を受ける『子どもの姿受け入れ度』がプロセス全体に大きな影響を与えていた。保育士は、"子どものため"という保育士の本来的な使命感から保護者に働きかけを行うが、保護者の側に子どもの姿を受け入れる余裕がなければ [思いの対立]に至ってしまう。しかし、[思いの対立]という保護者との対立経験を経ることで、保育士の保護者に対する捉え方が変化していた。それは、保護者を"協同支援者"とする捉え方から、"支援対象者"と捉えなおし、子どもだけでなく保護者を支援していこうとする変化であり、保護者の思いに添った支援を行おうと考えるようになっていた。しかし、"子どものため"に保護者に子どもを理解してほしいという保育士の思いは消えず、"子どものため"と保護者重視の2つの思いが矛盾する際に保育士は葛藤していた。

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1)郷間英世・郷間安美子・川越奈津子(2007)「保育園に在籍している診断のついている障害児および診断はついていないが保育上困難を有する 『気になる子ども』についての調査研究」『京都国際社会福祉センター紀要発達・療育研究』23,19-29
2)平澤紀子・藤原義博・山根正夫(2005)「保育所・園における『気になる・困っている行動』を示す子どもに関する調査研究――障害群からみ た該当児の実態と保育者の対応および受けている支援から」『発達障害研究』26,256-266
3)池田友美・郷間英世・川崎友絵・山崎千裕・武藤葉子・尾川瑞希・永井利三郎・牛尾禮子(2007)「保育所における気になる子どもの特徴と 保育上の問題点に関する調査研究」『小児保健研究』66(6),815-820

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