児童虐待防止ネットワークにおけるメンタルヘルス問題のある親への支援
-X町における活動事例とその支援者へのグループインタビュー調査
を通して-
○ 川崎医療福祉大学 松宮 透髙 (会員番号2749)
キーワード: 《児童虐待》 《メンタルヘルス》 《要保護児童対策地域協議会》
本研究では,メンタルヘルス問題のある親による児童虐待に着目する.日本社会福祉学会第56回大会においてはその探索的な事例調査について,また第57回大会においては児童福祉施設および相談機関を対象とした実態調査の結果を報告した.本報告では,X町の児童虐待防止ネットワークにおけるメンタルヘルス問題のある親への支援活動を取り上げる.先駆的なその活動の概要を整理するとともに支援スタッフへのグループインタビュー調査を通し,児童虐待防止ネットワークあるいは要保護児童対策地域協議会に求められる支援機能を明確化することが本報告の目的である.
なお,この調査は日本学術振興会平成21-23年度科学研究費(基盤C)により実施した.
市町村児童虐待防止ネットワーク事業は,2000(平成12)年に創設された.2004(平成16)年の児童福祉法一部改正において要保護児童対策地域協議会(以下,協議会)として法に明記され,さらに2007(平成19)年の同法改正において設置努力義務化が図られた.これに伴って市町村における協議会の設置がより強く推進されることとなったが,その実質的な機能の発揮にはなお多くの課題がある.とりわけ,本研究で取り上げるメンタルヘルス問題のある親への支援機能は未知数であり,これを焦点として協議会について論じた先行研究は見当たらない.
そこで,メンタルヘルス問題のある親への積極的な支援に取り組んでいるX町の児童虐待防止ネットワーク(以下,ネットワーク)を取り上げ,その活動の特性の明確化を試みることとした.そのため,①町内の総合病院精神科デイケアにおける子育て支援のためのグループプログラムへの参加,②当事者参加型のカンファレンスへの同席,③コーディネーターを担う同院の医療ソーシャルワーカーへのインタビュー調査および活動記録収集,④支援スタッフへのグループインタビュー調査,⑤当事者へのインタビュー調査を行った.本報告ではこのうち④を中心に報告したい.
調査協力は日常的にカンファレンスに参加している専門職に依頼し,全員から承諾と参加を得ることができた.協力者は,総合病院精神科医師,同医療ソーシャルワーカー,教育委員会主幹,子育て支援センター主任相談員,スクールソーシャルワーカー,子ども家庭支援センター主任相談員,保健福祉事務所保健師,同生活保護ケースワーカー,児童相談所児童福祉司,社会福祉法人ソーシャルワーカーの10名であった.
調査者が司会をしながら,発言者への促しや質問を行い,グループインタビューを行った.その様子はICレコーダーで録音するとともにビデオ撮影(定点で全員を俯瞰)を行った.インタビューガイドは,①メンタルヘルス問題のある親による児童虐待の実態,②特に難しい点はどんなところか,③「応援ミーティング」が果たす支援上の機能,④「応援ミーティング」が果たす支援者への機能,⑤関係機関や専門職間の連携上の課題である.
なお調査の実施日時は,2009(平成21)年7月22日10:30~12:30であった.
調査の趣旨について事前に文書で説明した.その際,協力者の個人氏名は公表しないこと,調査の逐語記録を送付し協力者からの修正の申し出があれば応じること,調査目的以外に調査結果の使用はしないことなどを口頭および文書で提示した.調査後,インタビューの逐語記録を協力者全員に送付し,修正希望にはすべて応じた.なお,調査協力と記録の公表に関する承諾書が協力者全員から提出されている.
4.研 究 結 果 調査の音声データはすべて逐語記録化した.発言を内容によって分類したところ,8つのカテゴリーに分類できた.すなわち,①メンタルヘルス問題のある親による児童虐待に対する認識,②虐待の否認,③虐待発生要因としての生活の「苦労」,④チームワークについて,⑤「笑い」とスタッフのピア・サポート,⑥精神科医がネットワークに関わるということ,⑦スクールソーシャルワークと出張カンファレンス,⑧要保護児童対策協議会への移行,である.その上で,とくに特徴的な知見としては次のようなものがあった.
第1に,協力者は当事者の病理に目を向けるよりも,「当たり前の苦労」のひとつとしてメンタルヘルス問題をとらえていた点である.その上で,当事者が主体的に対処行動を身につけられるよう支援するという立場をとっていた.第2は,「笑い」に象徴されるカンファレンスの明るさである.チームマネジメントにおいて,安心して率直に意見が出し合える関係の形成が重視されており,スタッフにとって自分の弱さを出し合える自助グループのような場あるいは力づけてもらえるスーパービジョンの場としてカンファレンスが認識されていた.第3に相手をパワレスにしない連携である.とくに小中学校への出張カンファレンスなどの柔軟な活動が語られていたが,そこには「解決しないようにする」という姿勢があった.相手の世界を侵襲せず,安心感を持ってもらいながら主体的な解決の手助けをしていくという視点である.これらを単純に般化させることには困難もあるが,協議会のスタッフの主体性を活かし,メンバーによる相互支援が起きるようなチームマネジメントの必要性や,メンタルヘルス問題があるという特殊性よりも,生活や子育てへの行き詰まりという普遍的な「苦労」に焦点を合わせる事の重要性が示唆された.
山野則子(2009)子ども虐待を防ぐ市町村ネットワークとソーシャルワーク」明石書店.