外国につながる子どもの保育をめぐる課題
○ 聖徳大学大学院 児童学研究科博士前期課程 塚本 さやか (会員番号7834)
日本社会事業大学 社会事業研究所 稲葉 宏 (会員番号7639)
キーワード: 《外国人》 《保育》 《子ども》
日本に滞在する外国人は220万人を超え、結婚総数の5.6%が国際結婚である。さらに経済連携協定(EPA)締結に基づき2008年から外国人介護福祉士候補者を受入れ始めた。したがって将来日本に定住する外国人が増加し、子育てにおいて新たな課題が発生する可能性があると考えられる。現時点でも学齢期に達した外国につながる子どもの不就学率は社会的問題となっている。板橋区(東京都)が平成19年に実施した外国人就学状況の調査によれば、板橋区の外国人児童生徒の就学率は57.6%(小学校)、57.2%(中学校)であり日本人と比較して著しく低い。本研究では外国につながる子どもの保育現場での調査を通してその保育を難しくしている要素を明らかにすることによって、子育てがスムースに進み、外国につながる子どもの健全育成に資する事を目的とする。
2.研究の視点および方法 調査を実施したA区は、全国でも外国人登録人数が最も多い自治体・A県にあり、A県の中でも、A区は3番目に外国人登録人数が多い自治体である。普段の保護者・保育士相互の関わりの中において、外国につながりのある子どもを育成する上で、双方が何を課題だと感じているかを明らかにすることを目的として、外国につながりのある子どもの保護者と外国につながりのある子どもを保育した経験のある保育士両方に調査を行った。
研究方法は、保護者・保育士共に1人あたり約1時間の聞き取り調査であり、調査方法は、事前に質問項目を用意した半構造化面接である。保護者の調査対象者は、A区の公立保育園に子どもを通わせている外国人および日本に帰化・永住した人である。実施期間は2008年12月5日から2009年3月23日である。調査項目は、①調査対象者の基本属性(性別、出身国、年齢、在日年数、配偶者の有無、配偶者の国籍、世帯の所得、日本にいる親族の有無、今後の在日予定)②子育てについて相談する相手 ③保育園への要望 ④保育士とのコミュニケーション上の問題の有無である。保育士の調査対象者は、A区の公立保育園・児童育成事業・子ども家庭支援センター等に勤務する保育士に勤務する保育士である。実施期間は、2009年1月30日から2009年11月17日である。調査項目は、①調査対象者の基本情報(性別、外国につながる保護者の子どもを保育した経験の有無) ②外国につながる保護者の子どもを保育する中での困難経験である。
聞き取り調査の前に、調査の目的および調査データの取り扱いを説明した文書を用いて調査の趣旨を説明した。また内容に関して匿名化を前提に公表の承諾を得た。
4.研 究 結 果保護者の調査対象者は、48人であり、女性41人男性7人であった。出身国は、中国17人、韓国・台湾・フィリピンが
それぞれ5人ずつ、ミャンマー4、その他12人である。平均年齢は34.8歳、在日歴は平均9.9年である。配偶者がいない
のは9人であり、配偶者がいる39人中、日本人が配偶者なのは19人であった。配偶者がいると答えた者は1人を除きすべ
て日本で同居していた。世帯年収は100万円以下が4人、200万円程度が7人、300万円程度が4人、400万円程度が12人
、500万円以上が12人、不明が9人である。日本に母国の親戚が住んでいると答えたのは21人であり、今後日本にずっと
住み続ける予定と答えたのは26人であった。子育てで困ったときに頼る人は担任の保育士との回答が16人、同じ出身国
の友人が12人、夫・親が10人ずつであった。保育園への要望は特にない人が最も多く30人である。要望がある7人の内
容は、保育園に預けられる時間の拡大や教育をしてほしい等であった。保育士への意思伝達で困難を経験したのは7人
で、38人はその経験なしと答えた。
保育士の調査対象者61人は全員女性であった。また全員が外国につながりのある保護者の子どもを保育した経験があ
った。彼らの子どもを保育する中での困難経験で最も多い回答は保護者への対応であり、61人全員であった。内訳は
コミュニケーション手段の問題が50人、保護者が伝達内容を理解しているかどうか確認が難しいという回答が42人であ
った。
結果を総合すると、保護者は保育士との意思疎通に困難を感じていない一方で、保育士は保護者との意思疎通に課題
があると感じており、お互いの意思疎通において2者の間に大きな差があることがわかった。また、保育内容について
も、保護者の要望が延長保育や教育といった本来の保育所の目的からやや外れたものが多く、保育士が考える保育と保
護者が考える保育との間に大きな差があることがわかった。通常、会話によるコミュニケーションでは、伝達内容は主
体・客体の相互の言語能力が一致するレベルの内容に限定される。したがって、子どもの保育内容に関する話題や保育
の果たす役割といった、伝達に比較的高度な日本語能力が要求される内容は、保育士が伝えようにも保護者にとって理
解が難しいため、保育に対する意識に差が生まれた可能性がある。また、出身国による価値観の相違といった考え方の
違いに起因しているとも考えられる。保育に対する考え方の違いが発生する原因の考察と、考え方の違いが保育の質に
どのような影響を与えるかの分析が今後の課題である。(本研究は文部科学省科学研究費補助金「外国人介護職の受入
れに関する研究(平20~22年)」(研究代表者:植村英晴)の一部である)