自由研究発表児童福祉3  谷口 由希子

児童養護施設での生活過程からみる退所後の生活の規定要因の分析
 -生活の連続性に着目して-

○ 日本福祉大学大学院  谷口 由希子 (会員番号5941)
キーワード: 《児童養護施設》 《退所後》 《生活の連続性》

1.研 究 目 的

 本研究は、児童養護施設を経験した当事者について、入所前から退所後の生活を連続性のある生活過程として捉え、退所後の生活の規定要因を明らかにする。分析には、同一施設での生活を経験した当事者の入所中の参与観察、インタビュー調査と退所後の追跡調査(14名)、退所後のインタビュー調査(8名)の結果を用いる。以上から、入所前から抱える発達課題、入所中の生活支援、当事者の進路選択の過程、退所後の生活移行の過程を一連の生活過程と捉え、退所後の生活を形成するに至る要因を明らかにする。 

2.研究の視点および方法

 児童養護施設を経験する当事者の生活は施設を基点とすると、①入所前、②入所中、③退所後に大別される。先行研究においても、施設での生活に至る児童養護問題を分析した研究(①)、施設に関わる制度および援助実践課題を分析した研究(②)、退所した当事者の生活や支援課題を分析した研究(③)というように当事者の生活拠点がどこにあるかが前提とされたものになっている。  
 退所後の当事者について、松本(1987)は427人の追跡調査の結果から、当事者の生活の基本的特徴を「低位な労働生活と稀薄な『社会的ネットワーク』の相互規定性により形成される『袋小路』的性格」と説明している(118)。東京都社会福祉協議会(2004)の追跡調査では、2001年度に東京都の施設を退所し、就労自立した145人のうち、2002年10月の時点で退所時に決まった職場で働いている当事者は、77人(54.2%)に留まり、61人(43.0%)が転職していることが明らかにされている(29)。  
 こうした生活基盤の脆弱さは、退所後唐突に表出するものではない。退所後の生活の規定要因は、施設への入所理由を含めた発達課題、入所中の当事者の主体的な選択と周囲の支援が基底にある。ただ、先行研究では、入所前から退所後までを包括的かつ客観的に分析した実証研究はほとんど見られない。そこで本研究では、施設入所前-入所中-退所後の生活について、相互関連性と連続性のある一連の生活過程と捉え、退所後の生活の規定要因を分析する。  
 上記の研究課題を明らかにするため、本研究では、同一の施設を中心に、学校、児童相談所などの支援機関において参与観察、インタビュー調査を含む縦断的な質的調査を行った。同一施設を対象としたのは、施設間での養育方針や生活条件の偏差をできる限り抑えるためである。調査期間は、2005年5月-2008年3月の2年10ヶ月間(実質調査日数約250日)であり、この間に対象施設を就労自立によって退所した14名(入所中の生活過程は、参与観察、当事者および職員のインタビュー調査の結果から分析)、および、すでに対象施設退所していたが調査に協力してくれた10-20代の当事者8名(入所中の生活過程は本人のインタビュー調査の結果から分析)の合計22名を対象とした。  

3.倫理的配慮

 本研究は、質的調査から得られたデータを史資料としており、そのほぼ全てが厳重に取り扱われるべき個人情報である。調査の主旨とデータの取扱い、結果の公表について、対象者に十分に伝えた上で、同意を得られた場合のみ実施した。一連の過程は、日本社会福祉学会研究倫理指針に倣い実施した。また、公表に関しては、述べたとおり対象者の了承を得ているが、個別の特定を避けるため研究技法上において最低限必要と判断される情報のみを記している。 

4.研 究 結 果

 退所後の生活を分析する第一段階として雇用状況を分類した。正規雇用が11名、非正規雇用(派遣、アルバイト、試用期間)が8名、無職3名であった。学歴は、正規雇用が【高卒8名、中卒2名、不明1名】、非正規雇用・無職が【高校中退3名、中卒8名(うち高校非進学 5名)】であり学歴による有意差がみられた。退所後の生活の規定要因について入所前-入所中-退所後と生活の連続性を軸にケースごとに分析した結果、次の点が示唆された。第一に、雇用状況と学歴が直接的に影響しているというよりは、とりわけ自立までの準備期間の少なさとの関連がある。高校非進学をはじめとして非常に短い期間に退所が決定した場合、当事者の職業アスピレーションの高まらぬまま、自立生活への移行過程が「なし崩し」的であった(非正規雇用・無職5名)。第二に、入所中における個別発達課題に対する周囲の補強的支援の有無が直接的に影響していた。第三に、入退所による重なる生活拠点の移動は、当事者の「定点」と社会的ネットワークを切り結んでいる。さらに、多くの場合、退所後の支援は雇用先に限定されており、非正規雇用や無職のように生活基盤がより脆弱であり支援が必要な当事者に届いていなかった。 

5.文 献

松本伊智朗(1987)「養護施設卒業者の『生活構造』―『貧困』の固定的性格に関する一考察」『北海道大学教育学部紀要』第49号
東京都社会福祉協議会児童部会調査研究部(2004)『児童部紀要―平成14年度版―』東京都社会福祉協議会
※ここで言う「高校非進学」とは、当事者は高校入学を希望していたにも関わらず、不合格などによって入学が適わなかった場合を指している。 

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