自由研究発表児童福祉3  長瀬 正子

児童養護施設における「子どもの権利」の到来と葛藤
 -大阪府『子どもの権利ノート』に焦点をあてて-

○ 常磐会短期大学  長瀬 正子 (会員番号5579)
キーワード: 《『子どもの権利ノート』》 《児童養護施設》 《権利擁護》

1.研 究 目 的

 『子どもの権利ノート』は、児童養護施設で生活する子どもに対して子どもの権利について説明するための冊子である。大阪府が自治体として1995年に作成したことを契機に子どもの権利擁護施策として全国へ広がった。児童養護施設現場において子どもの権利という理念を初めて言語化したものであり、作成されたことによって施設現場がその理念を実現化していくために具体的な方法を模索するきっかけとなった媒体である。特に大阪府においては、『権利ノート』の研修が継続して実施されるなど理念を風化させない努力がなされ、施設現場における一定の浸透が確認された。これまでの研究において子どもや施設職員に対する『権利ノート』の利用実態に関する全体的な傾向や肯定的な変化が明らかにされてきたが、その変化の詳細や変化がもたらされた背景は明らかでない。先行研究の質問紙調査(高橋1996;2005)においては、「権利よりも義務が必要である」「『権利ノート』は現実と乖離している」といった自由記述がみられた。こうした施設職員によって書かれたテキストが施設職員の置かれたどのような社会的コンテクスト、生活文脈によって生じているのか明らかでない。
 以上のような問題意識により、本研究は、大阪府において『権利ノート』導入は、どのような児童養護施設現場の体制および施設職員の意識や子どものケア方法の変化をもたらしたのかその様相を描きだすことを目的とする。利用実態のみならず行為と意味づけを連動させた現実を描き出すことで、『権利ノート』の成果と課題を明らかにしていく。  

2.研究の視点および方法

 本調査はライフヒストリー調査法を用いる。インタビュー対象者は、大阪府の児童養護施設部会調査研究部会をとおして12名の10年以上の勤務経験のある児童養護施設職員の協力を得た。調査時期は、08年4月から09年2月であり、半構造化面接によるインタビュー調査を行った。分析にあたっては、逐語記録化したインタビューデータを熟読した上で、筆者の問題意識である5点に対応する語りのまとまりを抽出した。第一段階の作業分けられた7つのまとまりにおける語りを切片化し、切片化されたデータにコードを付した。被調査者の語りは、時系列としては前後している。「子どもの権利」の理念が個々の施設職員にどう受けとめられていったのか、それぞれの歴史を読み取るために被調査者ごとにコードを整理したマトリクスを作成した。マトリクスにおける被調査者ごとの意味内容の共通性や複数の人によって語られた内容に注目しながら、行為者の意味づけを比較検討した。 

3.倫理的配慮

 次に述べる①~⑦の過程を実施した。①調査の趣旨、録音、データの取り扱い、研究成果の公表について説明を行い協力者に不利益は生じない旨を説明した。②調査協力者の同意を得てインタビューを実施した。③研究協力者は関係者に限定しデータの管理を徹底して行った。④研究成果の公表はすべて対象者に確認する手続きをとり許可を得た。⑤個人名や勤務している施設等が特定できないよう匿名性に配慮した。⑥日本社会福祉学会倫理規定を遵守し、質的研究に詳しい研究者に指導を受けた。⑦インタビューを収録した録音媒体および逐語録等の資料は、研究終了後、破棄する。 

4.研 究 結 果

 具体的な変化の様相は、7つのサブカテゴリーにまとめられた。職員のケア方法としては、「集団指導から個人の尊重」、「子どもの声を聴く」、「プライバシーの尊重」「体罰によらない指導」、子どもへの姿勢としては「導くより後押しのスタンス」、施設の体制としては「抱え込みから他の機関をまきこんでのチームワーク」、子どもの変化としては「『嫌』と言える子ども」である。これらの変化は、個々の施設職員の意識、施設の体制や施設職員の共通認識、個々の施設職員のケア方法といった3つのレベルにおいて展開していた。同時に、上記に述べた「良い変化」と同時に「生じてきた課題」があった。これは、変化の様相でまとめられた7つの「良い変化」である施設職員の意識およびケア方法の変化があったからこそ「生じてきた問題」であった。「生じてきた問題」カテゴリーにおいては、「共通体験の不在」、「振り回される職員」、「とめられない問題行動」、「かえって混乱する子ども」というサブカテゴリーが生成され、子どもや施設職員との葛藤、あるいは混乱する子どものエピソードが詳細に語られた。それでは、なぜこれらの課題は、「問題」として浮上してくるのであろうか。『権利ノート』には賛同し、子どもにとってよい生活という目指すべき姿が明確になり、施設職員たちの意識が変化していくにつれて、実現することが難しい現実も明確になっていく。「実現したいけれどもできない。」職員の声からは、そのような苦悩と非力さに満ちたものも少なくなかった。「問題」が浮上してくる背景が語られた「変えられない困難さ」カテゴリーにおいては、「集団生活という限界」、「少ない人的配置という限界」、「うめられないギャップ-多様な施設の姿と格差」という三つの限界が示された。
 本研究結果は、大江洋(2004:16)の「権利は、関連する資源・制度とともに考えられなければ、かえって権利主張の負の側面だけが出てくる危険性がある」という知見を思い起こさせる。権利擁護の実現には、おとなの意識向上が欠かせないことは多くの先行研究が指摘するところであった。本研究は、『権利ノート』が子どもの権利という理念を提示し施設職員の意識向上に貢献したことを明らかにした一方で、意識向上だけでは権利擁護を実現できない困難さを同時に描き出した。  

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