Barnardo'sの養護実践
-大規模児童養護施設から里親ケア支援へ-
○ 華頂短期大学 山川 宏和 (会員番号6407)
キーワード: 《大規模児童養護施設》 《里親ケア》 《Barnardo's》
2002年度の里親制度の改正以降、社会的養護のあり方に関する検討が進められてきた。2003年10月、社会保障審議会児童部会「社会的養護のあり方に関する専門委員会」は、同年3月の「里親制度の拡充・整備に関する研究会報告書」や、4月の全国児童養護施設協議会「子どもを未来とするために一児童養護施設の近未来-」などの実践現場からの提言や、6月の「児童虐待の防止等に関する専門委員会」の報告書などを受けて報告書を発表した。さらにその内容は、11月に「社会保障審議会児童部会報告書」としてまとめられた。
しかし、その中核をなす大規模施設の小規模化や里親委託の拡充はその後も進展せず、抜本的な制度見直しのため、2007年2月に「今後目指すべき児童の社会的養護体制に関する構想検討会」が厚生労働省に設置され、5月に中間とりまとめを行った。8月には、その具体的な施策の検討のため、社会保障審議会児童部会に「社会的養護専門委員会」が設置され、11月には報告書がまとめられた。
しかし、里親委託の拡充は、現在、社会的養護を必要とする児童の約9割の委託先となっている児童養護施設や乳児院の縮小なくしては実現されないにも関わらず、あらゆる報告にそのための具体策を見出すことができない。今後の社会的養護のあり方を、子どもの最善の利益の視点から考えるため、入所施設の縮小を進め、里親委託を拡充するためにはいかなる方策が有効であるかを検討する。
施設養護の中長期的なあり方は、2003年の専門委員会では、「大規模な集団生活ではなく、より家庭的な生活の中での個別的なケアの提供を基本とした上で、各施設の本体施設を治療機能等を有する基幹施設」と位置付けられ、2007年の「社会的養護」専門委員会でも、児童養護施設の小規模化を進めるとしている。我が国の社会的養護を支えてきた集団養護論からの転換が公式に表明されたが、家庭的で個別的なケアが児童養護施設の小規模化によって成し得られるのか、治療機能等を有する基幹施設が現行の児童養護施設の体制で可能となるか、という視点から、すでに大規模児童養護施設での集団的養護から里親委託への転換を成し遂げた英国の地方自治体の実践や、児童ケアのNPO団体Barnardo's の方法について、記述的な分析を行なうこととする。
3.倫理的配慮好感されている資料を主として使用するが、個人的に知りえた場合は仮名とするなどの倫理的配慮を行う。
4.研 究 結 果 戦後英国では、カーティス委員会報告の推奨により、里親ケアと同時に、いわゆる「ファミリー・グループ・ホーム」(FGH)への資源投入が行われた。しかし、より家庭に近い養護形態と期待されたFGHは、措置児童の年齢が高くなり、行動上の問題を持つ児童が増加すると、いかに小規模とはいえ集団生活を営むため、児童のニーズが充足されないことが明らかになった。また実親との関係を維持する児童にとっても、FGHは家族の代替には成り得ないことが明らかになった。さらに、FGHへの職員配置が非効率であるため、FGHはすでに1970年代以降は、特殊専門的な児童への一時的なものへと変化した(『現代地方自治体社会福祉の展開』コベントリ市社会福祉部編・津崎哲雄訳・海声社・1986)。つまり、家庭的で個別的なケアは児童養護施設の小規模化や治療機能等を有する基幹施設によっては成し得られないことが明らかになった。
また、現在、英国で400を超える子どもに関するプロジェクトを遂行するBarnardo'sは、Thomas John Barnardo(1845-1905)による活動の初期から、入所施設と並行して里親・養子縁組を行ってきた。Barnardoが死去して、正式にDr.Barnardo's Homesとなった1905年当時、96のHomesに8500人の児童が養育されていたが、集団的生活を営む入所施設は43施設で、半数以上の児童は、養子縁組・里親委託されていた。
1930年代には、里親委託の不調から、入所施設が増加し、最盛期には188のHomesを運営した。しかし戦後の里親委託の推奨や、1960年代に情緒・行動問題を抱える児童が増加し、障害児ケアが発展すると、大規模入所施設の限界が明らかになった。1966年にはDr.Barnardo'sと名称を変更して、入所施設からの転換を明確にし、1969年には、policy reportと呼ばれる報告書を公表して、さらなる方針の転換を図った。それは、ニーズが最大で資源が枯渇している部分、つまり入所施設(親の代替)から、デイケアや短期里親(補完)へのシフトを意味した。その結果、1975年には入所児童ホームは25か所に減少し、1988年にはヴィクトリア時代の養護と決別するためにDr.を削除してBarnardo'sに名称を変更して、翌1989年、最後の入所施設を閉鎖した。
つまり、小規模児童養護施設は、児童のニーズではなく、提供側の既得権益を充足させるもので、なおかつ職員の負担と経費の浪費につながる。本体施設を基幹施設と位置づけるのではなく、本体施設は地域の児童問題に幅広く対応する組織として職員を確保し、里親委託への転換を進めながら里親として雇用する職員の負担に配慮するなど、「本来の」家庭的養護を実践するための根本的転換が必要であることが明らかになった。発表では、委託率の国際比較やBarnardo'sの実践についても詳細に紹介する。