自由研究発表児童福祉2  金 潔

中国の里親養育文化を通して社会的子育てのあり方について考える

○ 岡山県立大学  金 潔(会員番号4980)
キーワード: 《里親養育文化》 《社会的子育て》 《子育て支援》

1.研 究 目 的

 今日、家庭や地域社会における人々の絆の希薄化が問題になっており、国の施策としてのワーク・ライフ・バランスはなかなか人々の間に浸透していない状況である。子育て世代の親は孤立したなかで余裕を失い、育児不安や児童虐待などが社会問題として生じている。本研究は、中国のA市児童福利院におけるB地区の里親養育文化を通して、あらためて社会的子育てのあり方について検討することを目的とする。 

2.研究の視点および方法

 日本では、1989年の合計特殊出生率1.57ショック以来、国をあげて少子化対策を打ち出している。少子化対策の1つに子育て支援が検討される背景に、児童虐待の増加があげられる。児童相談所が児童虐待の統計を取り出した1990年度は1,101件、2008年度には42,664件と急増し、主たる虐待者の6割強が実母である。母親の子育てに対する負担感の意識が高く、社会や家庭での母親の孤立による育児不安、児童虐待問題の増加にともない、社会全体で子育てを支えることが子育て支援の重点課題として取り上げられている。
 そこで、本研究は子どもの心身の健全な発達支援をねらいとして、中国のA市児童福利院におけるB地区の里親養育文化に着目し、子どもが生き生きと育つ環境、豊かな人間関係がどのように構築されているのかを明らかにするとともに、社会的子育てのあり方の検討を目的とした。
 筆者は2001年以来、中国各地の児童福利院、里親委託管理事務所、民政部門、里親家庭を訪問し、里親委託の具体的な取り組みについて聞き取り調査を継続してきた。今回はA市児童福利院での聞き取り調査および収集資料や関連文献を基に検討する。 

3.倫理的配慮

 日本社会福祉学会の研究倫理指針に基づき、調査対象者に研究目的・調査の主旨を説明し、調査対象者の匿名性の確保やプライバシーの保護等について十分な説明を行い、同意を得た。また紛失・漏洩することのないようにデータの管理に十分留意する。 

4.研 究 結 果

 中国では2003年10月に「里親委託暫定管理規則」が公布され、2004年1月から施行している。「里親委託暫定管理規則」の制定により、大規模施設から要養護児童を里親家庭へと里親優先策が推進された。2009年10月から6年間の実践を検証する作業に入り、今は「里親委託管理規則」を修正しているところである。
 A市児童福利院の入所児童の約9割は親のいない子どもであり、その9割強が障害児である。障害の種別では、脳性麻痺が最も多く、心疾患、口唇口蓋裂、ダウン症、知的障害の順である。子どもの権利条約に定める子どもの最善の利益を保障するという理念から、社会的養護を必要とする子どものニーズに応え、入所児童386名のうちの201名を里親に委託し、B地区ではそのうちの128名を占めていた。
 ①子育て支援ネットワークの構築:A市は里親委託を市の重点項目の一つとして捉え、市の民政部門をはじめ関連する各部署も積極的に連携体制を取っている。民政部門の主管、A市児童福利院長、里親委託管理事務所の主任、B地区サービスセンターの主任は各部門の役割を明確にし、具体的な業務内容を分担させ、支援ネットワークを形成した。A市児童福利院では、車で1時間ほど離れたB地区に、毎週最低2回の家庭訪問、月に一回の研修を実施している。里子の状況によっては、里親の養育能力を高めるために家庭訪問を通して養育技術の個別指導を行っている。B地区は古くから培ってきた福祉の原点ともいえる「公私協働と社会連帯」の土壌があり、地域共同体の結束が強く、支援ネットワークが市民レベルまで構築されていた。
 ②社会的子育ての捉え方:A市児童福利院の基本的考え方として、障害児のリハビリは家庭の利用可能な資源を活用し、日常生活において成長発達をみながら継続的に実施するということがあげられる。併せて家庭・地域のなかで訓練よりも、親子関係づくりの方を重視している。さらに、さまざまな障害をもった里子の養育は、里親だけで果たせるものではなく、専門職者を含めた周囲の多くの人々からの、日常的かつ継続的な働きかけが必要であると考えている。A市児童福利院における里親委託の6割強を占めるB地区ではともに生きる、ともに子育てをするという古くから「共同」「連帯」意識を受け継がれ、近隣住民の積極的な参加の土壌が形成されていた。障害児であろうとなかろうと里子が地域の中で排除されることなく、里親が地域の中で孤立することなく、里親家庭を含め地域住民に受け入れられ、大切にされ、生き生きと育つ里親養育文化が創り上げられていた。里親養育文化とはそこに暮らす人々の風土や土地柄そのものであり、日常生活の中で自然と社会的子育てが生まれる。このような生活のなかで「福祉」という言葉を使わなくても、地域社会の中で住民同士が関わりながら社会的な子育てをしてきた。そこには、気持ちのゆとりと心の豊かさ、人と人とのつながりや支え合い、豊かな人間関係があった。これらのことは社会的子育てのあり方の原点とも言えよう。
 A市児童福利院の取り組みを通して、里子の養育は里親家庭に丸投げするのでなく、支援体制を含め、里親を取り巻く人と人とのつながりの必要性が明確にされた。
 日本では子育て支援ネットワークの再生のための拠点作りや、支え合いを促進するためのプログラムの推進が重要とされているが、依然として子育てしやすい社会環境とは言えない。子育ての負担感といった否定的な子育て意識を払拭していく必要があり、家庭のみならず地域・社会全体で子どもを育てていく意識を浸透していくことが、子育て環境も改善されていくことにつながるのである。 

5.文 献

李艶萍(2010)「障害児が里親家庭に溶け込んでいる」『社会福利』2010.1,47-48 

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