自由研究発表方法・技術3  井上 敦

援助者と利用者との関係から創造される役割
 -認知症高齢者とともに生きることと「役割創造」-

○ 淑徳大学  井上 敦 (会員番号7468)
キーワード: 《役割》 《認知症高齢者》 《「役割創造」》

1.研 究 目 的

 社会福祉援助のいかなる実践現場においても、その基本となる関係は援助者と利用者とのかかわりであることはあらためていうまでもない。しかし、援助者と利用者という対人関係が「援助者-利用者」という一義的な役割関係に固定化されない場合がある。それは、重度の認知症を患う利用者と直接かかわっているときにとくに顕著であり、利用者はその重度の認知症の症状ゆえに刻一刻と、例えば「妻」「母」「患者」などと役割を変えていってしまう。こうした場合、「援助者-利用者」という一義的な役割関係は脆くも崩れ去り、新たな役割関係の構築が要請される。「利用者」とされる相手が重度の認知症を患っていて、それゆえに一義的な「援助者-利用者」という役割関係が存続困難なとき、援助者側に求められる役割とはなにか。 

2.研究の視点および方法

 ある小規模多機能型施設での認知症高齢者との実際のかかわりから問われてきた援助とそのかかわりの問題を文献研究によって概念化し、それについて理論的考察をおこなう。 

3.倫理的配慮

 施設名・利用者名・職員名はアルファベットで表記することにより施設および対象者を特定できないように配慮している。本報告に関して、施設責任者から口頭で同意を得た(なお、現在文書にて研究協力の同意を得る手続き中である)。 

4.研 究 結 果

(1)「役割採用」の必要性
  私はある小規模多機能型施設でボランティアとして認知症高齢者とかかわらせてもらっている。ボランティアとしてかかわらせてもらうなかで、ときに私に「(role playingとしての)ボランティア」とは異なる役割が認知症高齢者から求められ与えられることがある。例えば、あるときのAさん(女性)からは私は「(自分の家へとAさんを招いた)ホスト」としての役割が振り当てられた。Aさんは見るからにあらたまった様子で、あなたの家に突然上がり込んでしまって申し訳ないということを何度も私の横で口にしていた。「ホスト-客」という関係でAさんとの会話をしばらくした後、Aさんの足をふと見るとどうやら長時間正座していたせいで足が痺れてしまっているようだった。私は「足を崩したらどうですか」とすすめた。しかし、「客としてお邪魔している」Aさんは「いえ、結構です」と断り、正座を続けた。そのため私はAさんの苦痛を少しでもやわらげたいという思いから、Aさんの足にそっと手を伸ばした。しかし、Aさんはその私の手を振り払い、みずからの足にふれられることを頑なに拒否した。私はAさんによって振り当てられた「ホスト」としての役割をいつの間にか忘れてしまい、Aさんの足が痺れているという事実だけを見て咄嗟に「援助者(ボランティア)」として接しようとしてしまったのである。Aさんを自宅に招いただけのただの「ホスト」が、Aさんの足に(たとえ痺れた足の苦痛を少しでもやわらげようとしたためとはいえ)いきなりふれようとしたのだから、その手を振り払ったAさんの行為は「客としてお邪魔している」Aさんからしてみれば当然の行為であるといえる。もし、ここで私がそれでもAさんの足の苦痛をやわらげたいという思いから無理にでもAさんの足にふれようとしていたら、おそらくAさんは(「ホスト」という役割にある私のみならず)私との関係そのものをも拒否することにつながってしまったのではないか。こうした事例からも、援助者が(「援助者」という役割に盲目的に固執するのではなく)利用者からそのつど求められ与えられた役割を積極的に採用していく(role takingしていく)ことが必要であるといえるであろう。
(2)「役割採用」から「役割創造」へ
   しかしそうかといって、援助者が利用者から求められ与えられる役割を敏感に感じとり、積極的に採用してさえいれば万事無事に解決するかというと必ずしもそうではないことにわれわれは目を向けておくべきであろう。というのも、援助者が利用者によって求められ与えられる役割だけに徹していては、必要な援助すらおこなえず、場合によっては援助そのものが立ち行かなくなってしまうからである。重要なのは、利用者から求められ与えられる役割を援助者が常に(いわば受動的に)採用していくことではなく、むしろそれどころか援助者みずからがいま目の前にいる利用者にとって必要な役割を積極的・能動的に創り出し担っていくことではないか。いいかえれば、利用者の先手を取って(いま目の前でその利用者に必要とされている)役割を創り出し担っていくことも必要であろう。例えば、検温をしきりに拒む利用者に対して援助者が白衣に身を包むことにより、援助者が利用者をすすんで「医師-患者」という役割関係に巻き込むといったぐあいに、積極的・能動的に「役割創造(role making)」(早坂泰次郎『人間関係学序説』川島書店,1991年)していくことが認知症高齢者の世界を一回きりの役割関係とはいえ、そのつどあらためてともに生きることなのではないか。  

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