自由研究発表制度・政策2  田中 智子

労働災害に対する社会福祉の視座
 -三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故被災者の生活問題に着目して-

○ 佛教大学研究員  田中 智子 (会員番号6556)
キーワード: 《労働災害》 《生活問題》 《炭鉱労働者》

1.研 究 目 的

 わが国の労働災害による被災者数は減少傾向にあるものの、被災者数は年間約55万人にのぼっており、2008(平成20)年における死亡者は1,268人となっている1。
 これまで法学や医学、経済学、社会政策学、安全工学などの各分野が労働災害についてとりあげてきた。その一方で、社会福祉学における労働災害研究は数多くなく、とりわけ被災者世帯の生活問題に関する研究はほとんどみられない。
  しかし、このことは被災者世帯が生活問題に直面していないことを意味しない。むしろ、被災者世帯は事故後、深刻な生活問題に直面することが推察された。
 そのため本研究では、戦後最大の労働災害事故である三池炭鉱三川鉱炭じん爆発事故をとりあげ彼らの生活問題の所在ならびにその長期性・重層性を実証することをとおして、労働災害に対する社会福祉の視座について考察をおこなう。  

2.研究の視点および方法

 本研究では、被災者世帯の生活問題を長期にわたる時間の経過のなかで動態的に把握する。また被災者の生活問題を、①医療的側面、②社会政策・社会福祉施策的側面、③産業政策的側面、という3側面より分析する。ひとつめの医療的側面では、被災者の健康状態のみならず、彼らに提供される医療内容や医療体制を含んだところでの検討をおこなう。被災者医療は労災補償制度運用と深くつながっており、医療のあり方が被災者世帯の生活を決定づける要因になり得るためである。ふたつめの社会政策・社会福祉施策的側面では、主に労災補償制度と社会福祉施策に着目する。最後の産業政策的側面では、政府の経済・産業政策、労働政策と企業の生産活動をとりあげる。労働災害が企業の生産活動のなかで発生すること、企業活動や労働を規定する政策・制度が存在することなどから、これらに対する視点は不可欠であると判断されたためである。 

3.倫理的配慮

 本研究では質的調査(半構造化面接)をおこなうにあたって、質問用紙やメモを厳重に保管した。また調査対象者には調査内容を説明し、対象者が答えたくない内容については無理にこれをもとめないなどの倫理的配慮をおこなった。

4.研 究 結 果

分析をとおして次の3つの知見が得られた。
 第一点目に生活問題の所在である。ここでは労災補償制度が被災者世帯の直面する諸問題を全面的に解決するにはいたらないことがわかった。また、被災者が直面する問題が単に企業事故とそれに付随して生じたものではなく、資本主義社会の構造矛盾が被災者世帯の生活に集中してあらわれていること、すなわち生活問題であることが明らかとなった。
  第二点目は被災者の生活問題は、世帯の自助努力では解決できないものであるということである。生活問題に直面した被災者世帯は、これを解消すべくさまざまな抵抗をおこなう。しかし、生活問題は社会の構造矛盾が生活の営みのなかにあらわれたものであり、被災者世帯の自助努力で解決できる部分には限度がある。つまり、何らかの制度・施策なしに、被災者世帯の自助努力によって生活問題を解決することは困難であるが、社会福祉施策をはじめとする既存の制度・施策はこれらに対応しているとはいえず、その結果、被災者世帯の生活問題は長期化を余儀なくされる。ここから既存の社会福祉施策の限界と同時に、被災者世帯を対象とした社会福祉施策構築の必要性が示唆された。
  第三点目は被災者の生活問題の背景として、資本主義社会における構造矛盾が存在しているということである。ここからは、社会福祉は被災者世帯の生活問題に対して個別課題への対応というかたちにとどまるのではなく、彼らの生活問題の背後にある構造矛盾に着目し、その解決に向けた働きかけをもとめられていることが明らかとなった。
 以上の分析結果から、労働災害に対する次のような社会福祉のあり方がしめされた。
 まず被災者を対象とする社会福祉施策の構築である。これまでのように社会福祉施策がさだめる範囲において、対象者の福祉サービスの必要性を見出すのではなく、対象者が直面している生活問題の有無によって福祉サービスが提供されるというのが本来の社会福祉施策の建て方であると考える。必要であれば、現行社会福祉施策における対象規定の枠組みをかえることも検討されねばならない。
 次に社会福祉施策と労災補償制度の位置関係についてであるが、これらは互いに補充しあう関係に位置しており、前者は後者の代替機能をはたすものではないということを確認しておく必要がある。
 また、社会福祉は、被災者世帯の生活問題を把握し、これをとおして社会構造が内包する問題をみすえることができる立場にある。被災者世帯の生活問題に個別に対応していくことはもちろんであるが、そこからうかびあがる問題を社会全体の問題としてとらえ、その解決にむけて働きかけていくこと―労働者に対する企業や政府のあり方を追求していくこと―は、社会福祉の責務であるともいえる。このことは、個別の被災者世帯はもちろんのこと、広く労働者全体の生存権を保障することにもつながるであろう。  

注1.中央労働災害防止協会編『グラフィック労働災害統計 平成21年度』中央労働災害防止協会、2009年、p.1 

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