自由研究発表歴史4  中嶌 洋

昭和30年代の家庭養護婦派遣事業運営研究集会における組織化と展開
 -研究内容と実践方法の検証-

○ 帝京平成大学  中嶌 洋 (会員番号5048)
キーワード: 《家庭養護婦派遣事業運営研究集会》 《長野県上田市》 《住民主体》

1.研 究 目 的

 一番ヶ瀬康子(1997:2)は、福祉文化を「インフォーマルな福祉を起点に社会福祉にも具現化した文化的生活要求の充足をはじめ、広く他の生活要求充足努力における文化性も含んだ概念」と規定する。すなわち、官僚主導の形式的定義ではなく、地域住民の要求や見識を加味しながら、あるいは実践者の日々の業務における人間的観察や共生意識を通してはじめて、ニーズ充足を土台とした福祉文化の拡がりが可能となるということである。さらに、この福祉文化の拡張を運営研究面から歴史的に探究すると、一つの事業実践の欠陥や不備をどのように補正し、いかに地域化するかといった学習活動の成果の反映が重要課題となってくると思われる。過去の歴史上における実践を取り上げ、今日の取り組みと安易に比較することは慎まなければならないが、少なくとも歴史的展開における研究の蓄積や学びの拡がりという観点から福祉文化を検討することは、文化化をもたらす学習・研究の基礎的要因を探究することにつながると考える。この意味において、昭和30年代の長野県上田市で見られた家庭養護婦派遣事業運営研究集会は、戦後日本のホームヘルプ事業の原型を同地域に定着・発展させ得る効果をもたらした点において注目される。  
 そこで、本発表では、昭和30年代に上田市社会福祉協議会が主催した家庭養護婦派遣事業運営研究集会を事例とし、その内容と方法に焦点をあて、公的支援があったものの、民間福祉事業の形成が学習・研究という素因を取り込みながら、いかにして組織化していったのかを、実証的に明らかにすることを通して、民間主導の地域福祉実践の体系化の具体的方策を運営研究面から捉え直すことを目的とする。  

2.研究の視点および方法

 ミクロの視点から、一連の家庭養護婦派遣事業運営研究集会における研究内容と実践方法について明らかにし、歴史に内包される共生文化、学習社会文化を第一次資料を基に考究する。とりわけ、戦後日本最初のホームヘルプ事業と位置づけられる家庭養護婦派遣事業は、従来、通史の一部としてのみ捉えられることが多く、それ故、原資料の掘り起こし作業は重要である。そこで、本発表では、上田市社会福祉協議会に現存される『家庭養護婦書類綴』(年月日不詳)や『家庭養護婦勤務報告書』(年月日不詳)を中心に、関連二次資料をも援用しながら、同事業実践を促進させた研究活動の実態を検証する。 

3.倫理的配慮

 上田市社会福祉協議会に残存する家庭養護婦派遣事業関連第一次資料の使用については、2008(平成20)年7月9日、同市社会福祉協議会事務局長の宮之上孝司氏から許可を得たうえで、研究目的のみに活用することを確約した。さらに、2009(平成21)年12月25日付の「使用許可書」を発行していただくことで、十分に倫理的配慮を払うことに努めた。さらに、引用の際には、当時の懇談会や運営研究集会の会議録の内容に関し、記録者の力点や議論の展開を恣意的に歪曲しないように、忠実に取り上げるように努めた。 

4.研 究 結 果

 昭和30年代の長野県上田市で展開されたホームヘルプ事業に関する研究内容及び実践方法の改善を第一次資料を手がかりに検証したところ、主要な3つの会合・集会が行われていたこと、そして、行政・社協関係者のみならず、民生委員、母子相談員、家庭養護婦らの参画の下に、実践現場を起点とした協同学習が見られたことが示された。  
 具体的には、家庭養護婦派遣事業関連の集会は、1956年から1960年に限定した場合、3時期に区分でき、第Ⅰ期の家庭養護婦懇談会では、ホームヘルプサービスの周知徹底を大前提とし、勤務体制・労働条件の安定化を志向した問題検討が中心であったことが示唆された。すなわち、一事業の実践化を共通項とした意思統一の下に、個別具体的な課題が議論され、そこには団体内部の結束固めを中心とした視点が汲み取れた。  
 第Ⅱ期の家庭養護婦派遣事業運営研究集会(1958年)においては、第Ⅰ期の内部志向による単独活動の展開に限界が見られ始めたことを端緒とし、他地域の事例の積極的参照、広報啓発活動の活発化、養護婦の教養技術の向上、料理裁縫研修校外指導など、他分野・領域との交流・学習が模索され始めていたと認識し得た。  
 さらに、1960(昭和35)年6月に実施された家庭養護婦派遣事業運営研究集会開催時は、第Ⅲ期と位置づけられ、企業体への働きかけや地区ごとの実情に応じた対応策というように、ますます外部志向性が強まっていることが窺えた。反面、賃金の二本建制の試み、補助金交付手続の簡便化、実施要綱の見直し(8・9・10・11項)、服務心得の確認(6・7項)など内部志向性の重視も見られ、視点としては団体内部と外部の双方向が見られたと捉えられる。第Ⅱ期の総括と内外往復の取り組みが地区の条件・実情に配慮しながら見られた。このことによって、同事業は組織的展開を実現していったと考え得る。  
 以上のように、昭和30年代の上田市で見られた組織的学習は、ホームヘルプ事業の目標を明確にし、具体的・実践的な方法を検証する好機を形成したと考えられる。そこには、サービス対象者(現利用者)の地域的配慮、家庭養護婦の勤務条件・労務内容の充実、官・民・他職種・家庭養護婦四者による連携の試みと協同学習、基礎的検討を基盤にした実践のあり方の究明という新しい視点が提示されており、それが具体的事例として実践レベルにまで到達していたことは注目されよう。  

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