自由研究発表歴史2  白瀨 由美香

英国におけるホームヘルプ事業の展開
 -1948~74年の医療・介護の関係をめぐる検討-

○ 国立社会保障・人口問題研究所  白瀨 由美香 (会員番号7796)
キーワード: 《英国》 《ホームヘルプ》 《高齢者ケア》

1.研 究 目 的

 諸外国のホームヘルプ事業を概観すると、そのサービス内容が家事援助に限定されている場合もあれば、身体介護や看護に類似した多様なサービスを含む場合もあるなど、国ごとに多様性がある。英国のホームヘルプは、初期には妊産婦のいる家庭への家事援助として行われていたが、1950年代以降に高齢者の利用が急速に増加するにつれて、次第に身体介護も提供するサービスへと変化していった。
 本研究は、英国のホームヘルプ事業について、とりわけサービスの目覚ましい拡大が見られた福祉国家の形成期からパーソナル・ソーシャル・サービスPersonal Social Service創設に至る変遷を中心に検討をする。この期間は、ホームヘルプが医療制度National Health Service(NHS)の一部として地方自治体公衆衛生部によって運営されており、サービスの主たる対象が妊産婦から高齢者へと変わっていく過程が見て取れる。しかしながら、パーソナル・ソーシャル・サービス発足前のホームヘルプの状況については、必ずしも十分な検証がなされていない。
 そこで本研究では、ホームヘルプ事業の展開過程を通じて、サービスに生じた変化を描写し、地方自治体が直面した問題に対して、どのような政策的な対応がなされたのかを、医療と介護の関係という視点から考察する。そしてシーボーム改革によって、ホームヘルプが社会サービス部の事業として位置付けられ、医療から切り離されたことによって、その後のサービスの在り方にはどのような影響がもたらされたのかを論じたい。 

2.研究の視点および方法

 本研究は、主に英国の中央政府および地方政府の報告書や議会資料等に基づいて、1940年代から70年代にかけてのホームヘルプ事業の展開過程を詳述する。中央政府の政策を地方はどのように実現したのかを検証するため、バーミンガム市公衆衛生部の年次報告書や議会資料を精査し、先行研究で扱われているレスター市の状況と比較しつつ検討する。また、NHSの訪問看護をはじめ高齢者ケアにかかわる他サービスとホームヘルプとの調整・連携の状況についても探っていく。以上によって、福祉国家形成後の英国におけるホームヘルプの特徴を明確化し、医療と介護の関係性について歴史的な見地から考察を行う。 

3.倫理的配慮

 本研究は文献調査に基づく歴史研究であり、日本社会福祉学会研究倫理指針を遵守し、英国で一般公開されている中央政府および地方政府が発行した報告書および議会資料等の一次史料、内外の関連する二次文献を用いて検討を行った。 

4.研 究 結 果

 英国のホームヘルプは、19世紀末に開始された訪問看護サービスの中にその萌芽が見られると言われている。そして、1918年に制定されたMaternity and Child Welfare Actを受け、1920年代頃より都市部を中心に、地方自治体公衆衛生部による母子福祉としてのサービス提供が開始された。当時の公的なホームヘルプ事業は、妊産婦のいる世帯への掃除・洗濯・家計の管理など家事援助を目的とし、入浴介助や排泄介助などの身体介護は専ら看護師が行う仕事とされていた。
 ところが、1948年に無料で医療を提供するNHSが発足し、ホームヘルプもその一部に位置付けられると、高齢者による利用の急速な増加に伴い、サービス内容も次第に変化していった。バーミンガム市においても、先行研究で扱われていたレスター市と同様の傾向が見られ、1949年には妊産婦に関するケースが75%、高齢者に関するケースは9%であったのが、1959年にはそれぞれ14%、70%となり、1969年には3%、82%となった。初期にはサービス利用世帯数も2000強だったが、1970年には8000世帯近くにまで増加した。けれども、離職者も多く、担い手の確保は常に問題となっていた。ホームヘルプは誰にでもできる仕事であると見なされていたこともあり、1950年代後半以降は、短期間の研修を受けたパートタイム勤務の主婦が従事者の約90%を占めていた。それにも関わらず、ホームヘルプはもはや家事援助だけではなくなりつつあった。利用者と実際のサービス内容を整理すると、妊産婦のいる家庭には家事援助、高齢者と結核患者には身体介護と家事援助、そして「問題のある家族」には相談援助が行われていた。すなわち、サービスの拡大過程において、ホームヘルプは専門的な訓練を受けていないにもかかわらず、現実には看護師やソーシャルワーカーのような業務にも従事する存在となっていたといえる。
 また、同じ時期のNHSの他事業に関しては、訪問看護では1950~60年代を通じて利用者の約4割を高齢者が占め、その多くが慢性疾患で長期療養中の者であった。そして、増加する訪問看護ニーズに応えるため、看護師は医療の観点から専門的ケアが必要なケースに重点的に携わるようになり、従来は療養上の世話の一環として行われていた生活支援は、次第にホームヘルプや類似する事業に分離独立していった。具体的には、夜間見守りはホームヘルプに位置付けられ、リネンの洗濯は訪問看護時に行うのではなくクリーニングサービスを利用し、入浴介助は「入浴介助人」を養成して従事させるなどの変化があった。このように、看護から介護を切り離していく動きが見られた。
 1968年に「シーボーム報告」は、地方自治体公衆衛生部に所属するソーシャルワーカーに加えて、ホームヘルプについても、新たに創設される社会サービス部のパーソナル・ソーシャル・サービスに移管することを提言した。したがって、シーボーム改革は医療から介護を明確に分離しようとしたものとして捉えることができる。だが、それによってソーシャルワーカーは専門職としての地位確立が促されたものの、ホームヘルプに関しては、その後も養成制度が十分に整備されたとは言い難かった。そしてホームヘルプが家政婦ではなく介護職の仕事であると認識され、サービス実態により即したホームケアという名称で呼ばれるようになるのは、1980年代まで待たねばならなかった。
※本研究は、科学研究費補助金・若手研究(B)(課題番号:20730384)によってなされた研究成果の一部である。 

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