社会福祉研究における視点についての一考察
○ 東北福祉大学大学院博士課程 佐々木剛生 (会員番号7307)
キーワード: 《事実の把握》 《概念》 《社会福祉の対象特性》
本稿の目的は、経験的実在(以下、事実)を確からしく研究しようとする場合には、絶えずその視点や理論的枠組みについて吟味し続けていく必要があるという考え方を確かめるとともに、その上で、上記の事柄について「社会福祉」学においては、公的扶助を受ける側や、対人福祉サービスによって介助される側の視点に近づこうとする姿勢であるか、そうした人々の視点に近づこうとして考えればどのようなことが言えるのか、といった観点で視点や理論的枠組みを吟味し続けることが必要であることを改めて確かめることにある。
2.研究の視点および方法「社会福祉」がどのようにあったらよいのかを論じることは、個人の価値観に属することであるから避けるべきであると言われることがある。その論拠として例えばM.ウェーバー の「価値自由」という考え方が持ち出される。確かにM.ウェーバー の「価値自由」という考え方からだけでは、「社会福祉」のあるべき姿は導かれないかもしれない。けれどもM.ウェーバー の「価値自由」(や「理念型」)の考え方は、「社会福祉」のあるべき姿を考えるための契機になり得ると考えている 。もう一つの、そしてより重大な契機が、「社会福祉」の研究対象が生活において極度の不自由さを抱えている人々だということである。「社会福祉」学を「課題解決志向型の科学」と捉えるのであれば 、先学の方法論を如何に課題解決に結びつけるかが肝要なのだろうと考える 。
3.倫理的配慮参考・引用資料については、脚注に出典を明記することで研究倫理指針を遵守している。
4.研 究 結 果 私たちは、現実に起きているすべての事柄を完全に網羅することなど出来るものではないし、また、研究の対象を何がしかに限ってみたところで、限られた対象範囲について研究する場合でさえ同じことが言える。そのことを認めるならば、私たちが「何か」を研究しようとする際には、その「何か」を選んでいるとともに、選んだその「何か」を何らかの視点や理論的な枠組みにおいて捉えていることが確かめられるはずである。つまり、私たちが現実を理解しようとするならば、現実に生じている幾多の事象の中から何らかの一面を選び取るとともに、選び取ったその側面に存在する性質の一つに焦点を当てて、そして研究者が持っている特定の枠組みの中に位置付ける、言い換えれば研究者が描く理念的な尺度の中に位置付けるという方法をとることとなる。例えばM.Weber がそのようなことを言っていると私は理解しており、この考え方を支持しようと思う。
そのように考えるのであれば、このことは事実を研究しようとする場合において一般的に認められることとなるから、「社会福祉」学もその例外ではないと私は考える。つまり、研究におけるその一面性と選択性は「社会福祉」学でも同様だろうと思う。だが、ここに「社会福祉」学には問うべき契機があるのではないだろうか。それは、「社会福祉」(学)の対象が、生活において極度の不自由さを抱えている人々であることである。事実を把握するには一面性、選択性を免れ得ないとすれば、何をどのように研究しても自由だということになる(もちろん、確からしさを担保するために合理性や整合性の検討は必要であろうが)。しかし、その対象が生活において極度の不自由さを抱えている人々であるならば、私たちはまた別のことも考えるべきではないだろうか。
「社会福祉」学においては、生活において極度の不自由さを抱えている人々の境遇をどのように考えるのかという問いの上に、なぜそのように研究対象を選び取り、また、なぜそのような接近方法(理論的枠組み)によって事実を理解しようとするのかについて問われるとともに、それに応えることが求められているのではないかと私も考える 。より具体的には、扶助を受ける、介助を受ける人々の不自由さを和らげようとする視点に対してどのような距離を取ろうとするのかを反省し続けることが求められるとともに、そうした人々の不自由さを和らげようとする視点に近づこうと努めることが強く求められるのではないかと、私は考えている。
注3参照
M.ウェーバー のすべての見解について触れることはもとより私の能力を遥かに超えたことなので、ここでは『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』(M.Weber 富永、立野訳、折原捕訳 1998 岩波文庫版)で述べられていることの一部について私なりの見解を述べるに留まることをご了承いただきたい。
古川孝順 1994年『社会福祉学序説』有斐閣 3-4 頁
田中治和氏は、方法論は「社会福祉対象の特定」にこそ影響されるものであると説いている。「社会福祉対象の特性(生活上の困難、不安かつ不条理な実在、そして焦燥感、孤独感を帯びる)を考慮すれば、この違いこそが、認識論・方法論上の大きな影響を与えるものと思われる」。田中治和「社会福祉学方法論の基本問題」2001年 『東北福祉大学紀要 第26巻』 24頁