自由研究発表理論1  安田 光良

ニード論への批判的論考の考察 -理論史的視野から-

○ 日本福祉大学大学院  安田 光良 (会員番号7504)
キーワード: 《ニード論》 《対象理解》 《社会福祉理論史》

1.研 究 目 的

本研究は三浦文夫の社会福祉経営論(経営論)におけるニード論へ批判的に展開された議論に焦点を当て,これを理論史的 に位置づけるものである.経営論は,吉田久一(1995)や古川孝順(2004)によって理論史的な整理と評価がなされている. また小笠原浩一・平野方紹(2004)によって政策研究への功績を再評価する動きも見られる.経営論の中軸を成す対象理解で あるニード論に対し,単なる批判的な言及に収まらない多方面からの指摘が提出されていた.しかし上記の先行研究では,経 営論に対して展開されたこれら多数の批判的な議論については充分検討されていない.この時期の議論を通じてどのような側 面から課題が挙げられたのかを明らかにし,立体的に考察する必要がある. 

2.研究の視点および方法

そこで本研究では,経営論の機軸となった論理であるニード論に対する批判的な議論を対象論の視角から取り上げ,これ を社会福祉における対象理解をめぐる本質的な課題(社会福祉全体の理解・構造把握)を示していたものとして考察する.

3.倫理的配慮

本研究は,日本社会福祉学会が定める研究倫理指針を遵守する. 

4.研 究 結 果

三浦(1974:1980:1985)は,社会福祉の対象を「ニード」という概念を用いることでその性質変化を捉え,在宅福祉や 老人福祉などの対応策の構想に進んだ.ここには「社会福祉の拡大」「対象の拡大(需要量の拡大)」「ニードの性質変化 (多様化・高度化)」「非経済的ニード(非貨幣的ニード)の増大」という高度成長後における対象の性質変化が提示され ていた.三浦の社会福祉論には,対象性質の変化に社会福祉政策(供給体制)をどう対応させていくのか,という政策計画 論的な関心があった.そしてニード論の対象認識の基本的な枠組みはその後続く公私関係論,有料福祉論,福祉需給論,供 給パラダイム論などの論拠となって働いていく.『在宅福祉サービスの戦略』(1979)でも展開されたニード論に対する批 判や指摘が多数提出されたが,それらは以下のように整理することができ,概念的・理論的な指摘,政策動向への間接的批 判,思想的な懐疑など多岐に渡っている.

 論点①  「ニーズ」概念(垣内国光,三塚武男,岩田正美)
 論点②  貨幣-非貨幣ニードという区分(右田紀久恵,星野信也,河合克義)
 論点③  問題論的把握(井岡勉,林博幸)
 論点④  産業福祉化,公的責任(永山誠,真田是,高島進,宮田和明,河合幸尾)
 論点⑤  社会福祉と貧困,貧困の歴史的認識(江口英一,吉田久一)

90年以降は,理論研究的な側面からの位置づけが行われる.たとえば吉田は「三浦のニード論は財政論に利用される危険 性がないとはいえなかった(吉田1995:202)」と述べている.また古川は「経営論によってしばしば主張されるように、 福祉産業をその範疇に取り込むということになれば、その求心力はさらに弱体化させられ、社会福祉概念それ自体の雲散霧 消すら招きかねない(古川1994:48)」として,社会福祉事業における固有性の視点から,その問題点を指摘している.
ところでニード論の提示した「貨幣的-非貨幣的」という対象性質の区分方法は提示済であった.また,ニーズ(基本的 欲求)の充足という着想自体もすでに既出の社会福祉理論の中に散見できる.ではニード論のもつ問題点とはどこにあった のか.それはニード論の前提となる社会福祉の本質理解・認識角度,そして政策とのコミットメントをめぐる所にあったと いえる.すなわち社会福祉学のもつ「批判的構想力」の姿勢が問われていたのである.とりわけ,江口の「社会福祉と貧困 」という社会福祉の対象認識・対象理解を左右する論点がそれを明瞭に指摘していた.もちろん平岡公一(1988)が述べる ように,「貧困軽視」という批判には妥当性が欠けるところがあり,実証的な検証が必要であるが,対象認識をめぐる論点 として今日いずれも重要な位置を占める.
残念ながら上記の論点は,福祉改革論の趨勢に押されて深められることはなかったが,これら議論の枠組みは理論史的に いえば上記の論点は重要なものとして認められ,今日の議論に通じる有用性を持っているといえるだろう. メタフィジカル な議論からプラクティカルな運用過程についての議論への移行(古川1994)を成したと評される経営論であったが,ここに 向けられた多くの指摘はそのような側面に対して行われたのではなく,社会福祉の存在意義や,社会福祉の対象理解の在り 方をめぐって展開されており,むしろメタフィジカルな次元での議論が持つ意義を再認識させるものであった.
結論:ニード論の台頭及びそれをめぐる議論は,80年代以降の社会福祉理論史の重要な一駒として位置付き,理論と政策, 固有性,対象理解などの古くて新しい社会福祉理論研究上の課題を呼び起こすものであったといえる.
 文献
古川孝順(1994)『社会福祉学序説』(2004)『社会福祉学の方法』有斐閣.
平岡公一(1988)「ニード論の視点から」『福祉政策学の構築』全国社会福祉協議会.
三浦文夫編(1974)『社会福祉論』東京大学出版会.
三浦文夫(1980)『社会福祉経営論序説』硯文社.
三浦文夫(1985)『社会福祉政策研究』全国社会福祉協議会.
小笠原浩一・平野方紹(2004)『社会福祉政策研究の課題』中央法規出版.
吉田久一(1995)『日本社会福祉理論史』勁草書房.
全国社会福祉協議会編(1979)『在宅福祉サービスの戦略』全国社会福祉協議会.

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