「福祉国家」概念の再検討
-福祉国家論」再考のための序論-
○ 北星学園大学 伊藤 新一郎 (会員番号5419)
キーワード: 《福祉国家》 《福祉国家論》 《政府機能》
現代において「福祉国家」を考察することは、 21世紀における人類の未来図を描くこ
とといっても過言ではない。政治学・経済学・社会学などの社会科学における広範な学問
領域が、 「福祉国家」に関して各々の立場から論じ、多くの研究成果を生み出していること
はそのことを示している。 「福祉国家」に係る言説は、これからの私たちにとって「選択可
能な道」、そしてまた「選択すべき道」について考えるプロセスであると同時に、 「結果と
して私たちが進む道」を方向づけるものでもある。
過去を振り返れば、 「福祉国家」は戦後の先進諸国を比愉するシンボリックな標語と理
解されてきたが、研究対象としての「福祉国家」がその存在感を高めたのは、 「福祉国家の
危機」以降の30年間である。さらに、 「福祉レジーム論」が議論の前提としての理論的地
位を獲得したここ20年間は、 「類型論」や「国際比較」という研究アプローチが福祉国家
論を席捲し、その流れは今日でも続いている。そこでは、先進諸国間の共通性を踏まえつ
つも、むしろ「独自性」 「差異性」を浮き彫りにすることにより、グローバル経済化や少子
高齢化など、人類が直面する社会経済環境の変化-の適応状況や政策課題を模索してきた。
以上の展開は、個別具体的な政策命題に関する実証的な研究が多くみられたが、今日で
はそれらに加え、新たな統治や社会統合のあり方に関わるガバナンス問題や、「再分配/承
認のジレンマ」という価値理念に関わる問題、さらには依然として大きな社会問題として
存在し、近年注目を集めている貧困・不平等等の複雑多様な問題群の克服も要請されてい
る。いわば、私たちは世界規模での新たな社会経済構造やそこから生み出される諸問題と
の関係から、人びとの「生」を位置づけ直し、理念的・政策的そして制度的にも「21世
紀におけるポスト福祉国家」モデルを構想することを必要としている。
一方、上記のような研究潮流において「福祉国家」を論じる場合、そこでは概念規定に
おける一般論あるいは最大公約数としての「暗黙の合意」が存在しているように思われる。
研究対象である「福祉国家」の概念規定については所与のものとされ、その意味するとこ
ろが必ずしも明確に示された形で議論されているとは言い難いことも少なくない。
以上を踏まえ、本稿の主たる関心は「福祉国家論」の前提となる主要な「福祉国家」概
念についてあらためて考察・検討し、その多様性と暖昧性を明らかにすることである。こ
の作業を通して、「福祉国家論」をメタ的視点から分析するための一助とすることを試みる。
本稿は文献研究で行い、研究の視点・方法として以下の2点を設定する。
第1に、福祉国家論の主要な研究者が提示する「福祉国家」概念を取り上げ、それらを
考察することで各概念規定において意味する内容が異なっていることがあることを示す。
その結果、概念規定はいくつかのカテゴリーに分類できるのではないかと考える。
第2に、第1の視点を踏まえ、福祉国家論における「福祉国家」概念が極めて歴史的か
つ政治的な意味で時代性を帯びたものであり、そのことが意識化されているにも関わらず
関連概念との「置き換え」や「等置」をするような状況が散見される点を明らかにする。
さらに、概念規定の異なるカテゴリー(レベル)が揮然一体となり、研究上の議論前提が
暖昧性を帯びていることを示す。
本稿は、 「日本社会福祉学会研究倫理指針」の内容を順守する。
4.研 究 結 果本稿の結果は以下の3つである。
第1に、福祉国家論の代表的な論者の「福祉国家」概念規定を取り上げ考察すると、そ
の意味する内容は、 「国家体制」 「政府機能」 「政治経済体制」 「社会形態」という4つのカ
テゴリーに分類でき、この点によって「多様性」が明らかになった。例えば、一般論とし
て合意されていると考えられる現代「福祉国家」 -の理解は、 ①政治的側面として「民主
主義」や個人の権利としての「自由権」を基調とし、 ②経済的側面として「資本主義市場
経済体制」や「成熟経済(ポスト工業段階)」であり、 ③社会的側面として「社会権」の確
立や社会構造としての「少子高齢化」、というようなものがある。これは、 「国家の形(型)」
という観点からみた場合といえる。一方、社会福祉学や福祉社会学の「辞書的定義」でい
えば、 ①混合経済体制、 ②社会保障制度の整備・発達、 ③完全雇用政策の実施、といった
説明が通例であり、これは「経済体制」 「政府の役割」あるいは「制度の成熟状況(社会保
障給付の数値的規模)」といった観点から位置づけられる。
第2に、第1の結果を受けて考察すると、 「福祉国家論」では多様なレベルにおいて「福
祉国家」に関する議論がされており、その暖昧性が指摘できる。特に、 「政府の役割(政府
機能)」として福祉国家が位置づけられていることが少なくないことを考えると、 「福祉国
家論」が福祉「国家論」であることを再度確認する必要がある。
第3に、福祉国家論では「福祉国家」概念と「福祉レジーム概念」の互換性が暗黙のう
ちに存在している点もみられ、両概念の区別と位置関係に関しては、今後より精微な整理
が行われるべきである。
以上に関する詳細は、当日配布資料で報告する。