自由研究発表司法福祉・更生保護2  藤原 正範

被虐待の子どもの非行化への対応に関する研究
 -非行事例の司法福祉的視点による分析-

○ 鈴鹿医療科学大学  藤原 正範 (会員番号1315)
キーワード: 《被虐待》 《非行化》 《司法福祉的視点》

1.研 究 目 的

 本研究は、被虐待から非行への道筋をたどったと考えられる一人の子どもに対して家庭裁判所が行った審判について、その成長・発達を支援するという観点でどういう意味があったか、その結果に問題はなかったかなどの分析を試みるものである。この研究は、被虐待の子どもが、盗み、暴力、薬物、性的逸脱等の非行を行った場合の対応に関する総合的研究として一環として取り組む。 *本研究は科研費(22530642)の助成を受けている。

2.研究の視点および方法

 被虐待の子どもが非行化するメカニズムは、橋本和明(橋本2004『虐待と非行臨床』創元社)、田中康雄(田中2006「虐待された子どもが示す非行・犯罪」『子どもの虐待とネグレクト』8-3)等により相当程度解明されているが、そのような子どもへの指導の困難さが児童福祉施設の児童指導員等からしばしば指摘される。児童福祉施設は、被虐待の子どもを施設内が安心安全な空間であると心から感じられるケアを行い、その上で愛着関係の形成、トラウマの治療に取り組む。しかし、その途上非行行為があれば、その事実に対して警察や裁判所等司法機関が介入し、児童福祉施設もその支援方法を見直さざるを得なくなる。そこに指導上の大きなジレンマが生じる。
 子どもを対象とする司法機関の業務は「司法と内的に統一され、より高い次元に発展させられた」(山口幸男1992『司法福祉論』ミネルヴァ書房,17)ものであり、児童福祉と方法は異なるが目的は同一である(司法福祉)。本研究は、家庭裁判所の審判例について、山口の「規範的解決活動を事実の論理によって批判的に検討する」(山口1992,172)方法での分析を試みるものである。
 児童福祉機関は、非行の子どもを支援する際、司法機関の介入を促す、司法機関の機能を最大限活用する、司法機関と役割分担するなど「規範的解決活動」を視野に入れた活動を意識する、意識しないに関わらず行っている。本研究は「規範的解決活動」の限界と課題を明らかにしようとするものであり、前述の児童指導員等のジレンマの解消に寄与することを目指す。

3.倫理的配慮

 本研究においては、実際の事例を使用する。事例の取扱いについては日本社会福祉学会の研究倫理指針を厳守する。今回取り上げる事例は家庭裁判月報に掲載されており、分析の前提となる情報はその事実に限る。

4.研 究 結 果

(1)2008年8月6日東京高裁決定の抗告事件の概要(『家庭裁判月報』61.2,263-310)
 A(1992年生)は虞犯事件により、2008年6月家庭裁判所の審判で中等少年院送致された。抗告審は同年8月棄却決定し、再抗告審は同年9月棄却決定し、中等少年院送致決定が確定した。非行事実は次のような内容である。「Aは2007年9月、少年院を仮退院した。2008年4月下旬、妹の友人Bに嘘をついて同人伯母のキャッシュカードから現金を払い出させ受領した。5月からCを自宅に泊めて行動を共にしたことから就労を止めた。金に困って妹に父(母と離婚)から借金して来るよう迫った。それを警察に届け出た妹に、6月1日、水溜りの上で土下座させ、制止しようとした母の注意を聞かず、さらに妹に金策を要求した。」抗告審で付添人弁護士は法令違反、事実誤認、処分不当を理由に原決定の取消しを求めたが、本研究にとって重要なのは、Aの母は虐待親であり少年法3条1項3号イの「正当な監督」に該当しないとする事実誤認の主張である。付添人は、①母はAに中学入学頃から食事を与えていない(育児放棄)、②母は感情の起伏の激しい性格で「父の所に行け」等とAに感情をぶつけることが日常的にあった(拒絶的な対応)、と述べた。高等裁判所は、①母が食事を作らなかったのはAの言動に起因する、②「父の所に行け」と言ったのはAが妹に対する粗暴な言動を改善させるためのものであり、実際に追い出すような行動をとったことはない、とし、母のAに対する養育方法に必ずしも十分でない面が存するとしても虐待などとは到底いうことができないと結論付けた。家庭裁判所がAに再度少年院送致を言い渡したのは、自分より弱い立場の人間を利用し、その者が自己の意に沿わないと服従させる行為に及ぶ傾向があり、対人関係の結び方、就労に対する意識等を教育する必要があるという理由による。抗告審も処分が著しく不当であるとは言えないと判断した。
(2)司法福祉的視点での分析
 抗告審までの経過は次のとおりである。Aが小学2年で父母が離婚し、母、祖母、妹とAの4人家族になる。祖母への暴力等の事情から、Aは2004年秋から児童養護施設に措置される。施設内での暴力、器物損壊等により自宅に戻り、児童福祉司指導が継続される。家族への暴力により、2006年7月、虞犯事件で初等少年院送致となる。仮退院後、就労していたが、Cの自宅への居座りがきっかけで無職となる。Aの行動と母の不適切な養育とはパラレルである。Aの行動は一貫して家庭内問題に止まっており、普通は少年司法の問題になりにくいが、社会福祉援助の失敗が少年司法へとケースを移行させた。本ケースには次のような疑問が残る。①Aに児童自立支援施設を利用しなかったのはなぜか。②Aに少年院・保護観察という少年司法の枠組みが有効か。③少年司法機関をあげて母の虐待事実を擁護したことにならないか。④社会資源の活用はできないのか。Aの問題を解決するのにふさわしい社会資源とはどういうものか。

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