自由研究発表司法福祉・更生保護1  宮沢 和志

刑務所における福祉職の支援に関する研究
 -社会復帰のために福祉職が取り組む支援の現状と課題-

○ 日本福祉大学大学院  宮沢 和志 (会員番号7634)
キーワード: 《刑務所》 《ケースワーク》 《社会復帰》

1.研 究 目 的

わが国の犯罪情勢について,刑法犯の認知件数は平成14年に戦後最多となって以降は毎年減少し続けている.しかし その中で再犯者の占める割合は高く,平成21年版犯罪白書では一般刑法犯の検挙者に占める再犯者の割合が2008年度に41.5% にまで達したと報じられている.その刑法犯全体を分析していくと,受刑者の中には高齢者や障害者,疾病を抱えた人,引受 人や帰住先のない人たちが多く存在していることが法務省の調査1 で報告されている.彼らの中には福祉の支援を必要とする 人も少なくなく,社会福祉の分野では明らかに福祉の対象となる人が刑務所では対象とはならず,社会復帰のための支援は今 日までほとんど行なわれてこなかった.特に満期出所者に対しては顕著である.
  演者は1年9ヶ月間にわたり,A刑務所に福祉職として非常勤で勤務し,受刑者の個別相談援助業務に関わってきた.その 実践から再犯者の実態,福祉職が行なう支援についての現状を整理し,課題を考察することがこの研究の目的である.

2.研究の視点および方法

受刑者がわが国の法体系の中でどのように処遇されてきたのかを知るためには受刑者が刑務所でどのように処遇され, 社会の中に再び戻るのかの歴史と経過の一部を明らかにする必要がある.この点については法務省矯正局が毎年公表してい る『受刑者に関する釈放時アンケート』と文献から分析を行なった2
 次に,再犯の現状とそこから浮かび上がってくる再犯者の実態を知る必要がある.そのために統計や資料をもとに再犯者 について明らかにした3.その上で刑務所内での福祉の支援が届きにくい現状について調べ,受刑者の社会復帰のために福祉 職が取り組むためにはどのように支援すればよいのかを事例をもとに分析した.

3.倫理的配慮

受刑者処遇と再犯者の実態については既に公刊されている文献の記述をもとに分析を行なった.事例研究にあたっては, 所属長と施設の所長宛に研究計画の説明と守秘義務に関しての誓約書,所属する大学院の研究に関するガイドラインを添付 して提出し,さらに施設の所長より監督官庁許可を得た.かつ,事例を示す場合は個人が特定されないよう配慮し,問題の 本質が変わらない程度に複数の事例を組み合わせたものを示すこととした.

4.研 究 結 果

わが国では1908(明治41)年にドイツ監獄制度の影響を受けた監獄法が誕生した.その後ドイツが受刑者の教育や矯正の 要素を取り入れながら変革されていったのとは逆に,わが国の監獄法は受刑者を管理・監督する方向へと進んで行った.その 結果として受刑者に対し刑務官が暴行を行なった名古屋刑務所事件が2001年に発生したと思われる.
 再犯者の実態については,住居状況,就労状況,引受人の有無,親族の協力の有無,その他の状況により,社会での生活 の困難さから再犯を形成しやすいことが明らかになった.
 刑務所内では特に高齢者や障害者,疾病を抱えた人,引受人や帰住先のない人たちを対象として演者はケースワークを行 なったが,その対象者は自ら相談の意思を表明できる人4や,特に刑務官から申し出のあった人に限定された.
 事例研究では,演者が福祉職として関わりをもった満期出所者の中から15ケースをもとに分析した.支援内容としては生 活保護法,障害年金や障害者手帳,障害者医療,介護保険サービスの紹介といった社会保障制度の説明,また疎遠になって いた家族との関係調整,医療が必要な人に対して医療機関の入院先や医療費の確保等である.中には出所後の生活について の不安を打ち明ける人もいた.しかし関わりを持った中には福祉職の支援を自ら拒む人や何の展望も持たず出所を待ってい る人,以前入院した精神科病院での劣悪な入院体験から精神科治療が必要であろうと思われるが入院を拒否する人もいた.
5.考 察
  受刑者たちと接しながら明らかになったことは,受刑中は地域にある社会資源に結びつけることも,アクセスすることも できず,福祉の支援は実際には本人が出所後に単独で行なうしかないことである.だからこそ出所後にも継続して福祉の支 援を行なう専門機関と専門職が必要である.その意味で地域生活定着支援センターの活動は今後期待される.
  刑務所側の課題としては,刑務所内の福祉職の活用を積極的に受刑者に知らせていないことがある.また受刑者の中には, 出所後の生活のことについて考えようとしない受刑者,福祉の支援を初めから拒否している人が少なからず存在する.そう いった人たちに対しての福祉職の支援は限界がある.

引用資料  法務省『矯正統計年報』『犯罪白書』
 厚生労働科学研究(2009)『罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究(平成18-20)
 社団法人日本社会福祉士会『刑余者の再犯防止等司法領域における社会福祉士の活動の可能性についての基礎研究事業報告書  (2009年3月)』
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1 平成20年9月9日法務省,厚生労働省発表の「福祉の支援が必要な刑務所出所者の現状」によると,親族等の受入 人がない満期出所者は約7,200人.うち高齢者又は障害を抱え自立が困難な者は約1,000人(平成18年法務省特別調査)である」と 公表している.
2 『受刑者に対する釈放時アンケート』の他に,山本譲司著の『獄窓記』『続獄窓記』等を参考にした.
3 『平成21年版犯罪白書』法務省法務総合研究所編,財団法人矯正協会中央研究所(2008)『統計で見る刑事政策』 財団法人矯正協会,および平成21年矯正統計年報等を使用した.
4 願箋で申し出るというシステムである.願箋とは被収容者が自己の処遇上の要望等を願い出,悩み事の相談や諸 手続きの教示を求める際に,その旨を記載して提出する用紙のことである.刑事施設においては,多数の被収容者の請願を願箋 によって受け付け,担当部署に回付して事務処理が行なわれる.(矯正用語辞典より)

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