自由研究発表司法福祉・更生保護1  江口 賀子

高齢受刑者の社会復帰に向けた矯正現場とソーシャルワークの連携

○ 西九州大学  江口 賀子 (会員番号4837)
追手門学院大学  古川 隆司 (会員番号2430)
キーワード: 《高齢受刑者》 《刑事施設》 《釈放前調整》

1.研 究 目 的

 刑法犯に占める障害者・高齢者が増加する中,社会復帰の困難が刑事政策の課題となっている。かれらの多くが社会的に孤立し援護を要する状態にあるか,もしくは犯罪に至っていると考えられ,社会的受け皿の脆弱な中で社会復帰していく(法務省法務総合研究所2007および2008)。2007年度から各管区の主要刑務所および医療刑務所へ社会福祉士等が配置,2009年度からほぼ全ての刑務所へ社会福祉士が配置されることとなったが,これら刑事施設=矯正現場での社会福祉士による職務はまだ確立されておらず,かつ改正された社会福祉士養成教育でも矯正における社会復帰調整は見落とされている。本報告は,刑事施設の担当刑務官と地元社会福祉士の連携を通した釈放前調整の試行的実践を踏まえ,受刑者の社会復帰に向けた刑事施設でのソーシャルワーク実践について課題提起する。

2.研究の視点および方法

(1)古川が2008年1月からH刑務所において実施しているフィールド調査を通し,高齢化と要介護など何らかの支援を要する受刑者の増加に伴う処遇上の課題から,刑務所分類担当刑務官(以下,分類担当)へ社会福祉施設や機関に関する情報提供や専門的助言が求められていることが明らかとなった。分類担当とこの問題意識が共有され,2008年5月から地元社会福祉士として江口が,コーディネートとして古川が協力する体制を構築した。(2)2008年5月から2009年3月までこの3名により試行的実践を行い,ケース検討のほか福祉的支援を要する受刑者2名の釈放前調整に対して必要な助言を適宜実施した。また担当の異動に伴う引継上の課題などについて検討した。また2010年6月に江口が元受刑者を受け入れた施設でのインタビュー調査を行い,刑事施設との連携に関する課題を検討した。 

3.倫理的配慮

なお今回の研究並びに試行的実践にあたっては以下の手続を行った。(1)古川によるフィールド調査は,H刑務所所長宛に調査協力の依頼にあたり,研究計画の説明と守秘義務に関する誓約書を提出し,事前に許可を得た範囲で職員に対するインタビュー調査の実施許可を得た。(2)倫理的配慮として,記録は,録音は行わずメモによる記録と受刑者の氏名・出身地その他個人情報が特定されないような形で行うこととし,研究成果の刊行にあたっては事前の査読をうけ許可を得た範囲で行うこととした。(3)その後の試行的実践においては,分類担当と江口・古川で協議して,刑事施設の運営上許容される形での実施を確認,実践を行った。(4)本報告にあたっては,日本社会福祉学会研究倫理指針にもとづいて資料を作成した。 

4.研 究 結 果

(1)実践の経緯  H刑務所において刑期満了で釈放される見通しの受刑者2名について,分類担当から江口が情報提供を受け,①利用できる社会制度,②関係機関との調整に対する助言,③釈放後の帰住先の斡旋,④その他専門的助言を行った。また釈放・帰住後の状況について意見交換を行った。その一部は古川(2009)にて公表した。方法として,H刑務所へ訪問してカンファレンスの実施・電話及び電子メールを活用した。
 なお分類担当が2009年4月より転勤することとなったため,これまでの実践を振り返って今後の継続について協議をした。また刑事施設への社会福祉士の配置に伴う課題点について意見交換を行った。

(2)考察と課題  高齢犯罪者の増加は刑事施設の受刑者年齢構成にも反映し,全体的に65歳以上の者が占める割合も高まり,平成19年現在矯正統計年報によると7%を占めるに至った。今回実践したH刑務所は10%を超える。多くが窃盗など再犯であるが,高齢化に加え累犯化することで釈放後の社会適応がより困難となっている。しかし刑務所は,釈放後就労に結びつける形で各種作業や資格取得など教育指導が行われており,高齢受刑者という存在自体が刑事政策や刑務所の処遇に馴染まない存在となっている。
 釈放にあたりもっとも困難なのは累犯によりインフォーマルネットワークを失っているため制度利用と帰住先の確保である。今回の実践で明らかとなったのは,国の施設である刑務所から出身地以外の自治体へ受刑者を受け入れてもらうことであった。今回は救護施設等生活保護施設に受入協力を得られたが,福祉サービスが自治体単位であるため,行政区分を超えた情報提供が必要であった。 (3)刑務所の担当と社会福祉士の関係は,指揮命令の明確な前者に比べ柔軟な対応を行う後者は,そもそも実践の基盤にある社会観や制度認識が異なっていることが明らかとなった。今後は相互の差異を認識し,ソーシャルワーク実践の枠組を確立する必要がある。  

【参考文献・資料】 法務省法務総合研究所(2007)「研究部報告37高齢犯罪者の実態と意識に関する研究」;法務省法務総合研究所 (2008)『平成20年版犯罪白書』;古川隆司(2008)「高齢犯罪者の増加と社会福祉の関係,課題」龍谷大学矯正・保護研究センター 研究年報No.5,175-189.;古川隆司(2009)「高齢犯罪者の釈放前調整におけるソーシャルワークとの連携」(財)日立みらい財団, 犯罪と非行No.160,209-223.
※本報告は平成22~24年度科研費(22330175)の助成を受けた成果の一部である。

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