高齢犯罪者のリスクと対策
-「平成20年版犯罪白書 高齢犯罪者の実態と処遇」からの一考察-
○ 東北福祉大学 菅原 好秀 (会員番号4814)
キーワード: 《開き直りや甘えた社会認識》 《教育的な指導体制の構築》 《有機的連携》
平成20年版の犯罪白書によると、65歳以上の高齢者による犯罪は、昭和63年には、高齢者の一般刑法犯検挙人員は9,888人であり、高齢者比は2.5%であったが、平成19年には、それぞれ4万8,605人(20年間で3万8,717人(391.6%)増)、13.3%(同10.8ポイント上昇)と大幅に増加・上昇している。高齢化率も平成19年度は、21.5%となっているが、それに比較しても、高齢犯罪者の増加の幅は、人口の増加の幅をはるかに上回っており、高齢犯罪者によるリスクが急速に高まっている。罪名別動向においては、窃盗が65.0%と一般刑法犯検挙人員の3分の2近くを占めている。中でも万引きに占める割合が25.2%となっている。女子の高齢者においては、窃盗が88.4%を占めており、その比率の高さが一段と目立っている。この女子の高齢窃盗事犯者の場合は、生活基盤はあり、生活費自体に困っているわけではない者が多く、少額の食品等の万引きがほとんどで、高齢になって万引きを繰り返すようになった者も少なくなかった。このように人口増で説明がつかない高齢者の犯罪の増加、特に女子の窃盗犯罪は、生活が困窮していないにも関わらず、窃盗を犯すことから、何らかの社会的な原因、世代的な原因、あるいは、それ以外の説明可能な特質があると思われる。この特質を分析することにより、新たな高齢犯罪者の出現を防止するとともに、高齢犯罪者の改善更生させるための方策を研究目的とする。
2.研究の視点および方法研究の視点および方法としては、犯罪白書のデータの分析作業を行うことで、健全な高齢社会の実現のために必要不可欠な社会科学的作業を行う。特に高齢犯罪者の中でもっとも多い「窃盗」は、国民経済活動のリスクを増大させることから、窃盗の事案を通じて、高齢犯罪者の犯行の背景を探り、高齢犯罪者の増加の真の原因について考察する。
3.倫理的配慮犯罪白書の事例は事案によっては特定の個人を対象とする場合があるため、当該事例を制度という視点と枠組みで検討を加えた。
4.研 究 結 果 犯罪白書の高齢窃盗事犯者の事例として特徴的なものを3つ挙げ、以下考察する。
①孤独が犯行の背景にあると思われる事案 76歳女子。未婚。定職に就き、健全な社会人として生活しており、犯罪歴はなかった。両親死亡後、孤独となり、生活には困っていなかったが、70歳くらいから万引きを繰り返すようになった。本件は、チョコレートの万引きであるが、「(店内で)私に注目している人はいない。このまま手提げ袋に入れても見つからない。」と考えて犯行に及んだ。罰金30万円。②漠然とした経済不安から節約のため犯行に至ったと思われる事案 75歳女子。配偶者と死別し単身。生活に困っているわけではないが、余裕はなく、「年金暮らしでお金を遣うのがもったいない。」として、75歳から、しばしば万引きをするようになった。本件では、コンビニエンス・ストアで、おにぎりとサンドイッチを盗んだ。罰金30万円。③「前歴あり群」に属する事案(食料品等の万引き) 67歳女子。64歳になるまで、サラリーマンの夫と子供と平穏に生活していた。子供が独立し、夫と二人暮らしをするようになってから、近隣のスーパーで財布を紛失し、なくした分を取り戻そうとして日用品等を万引きしたのがきっかけで、以後、万引きを繰り返し、2回起訴猶予になった。本件では、再度、食料品等を万引きした。罰金30万円。
本件事案では、①の「孤独」、②の「経済的不安」が特徴であるが、③の事案は万引きのきっかけが、紛失した財布の分を取り戻そうとしていることから、女子であれば、必ずしも生活困窮に基づくものとは限らず、いわゆる開き直りや甘えた社会認識から万引きに及ぶといった事案といえる。特に女子の窃盗が多い原因としては、女子は男子より日常生活において買物の機会に多く接することやスーパーなどの大量消費経済機構の発達に伴い、従来の対面方式で商品を売買するシステムに代わり、店員の手を借りずに、直接商品を手にするシステムに変わったため、窃盗という意識ないし抵抗感が薄れ、犯罪が誘発され、万引きが増加しているという環境上の要因が考えられる。
高齢犯罪者の対策としては、孤立・孤独から解放し、経済的不安を取り除くことが必要である。犯罪白書によると、平成17年度の一人暮らしの高齢者の比率が男子9.7%に対して、女子が19.0%となっている。孤立・孤独化防止対策としては生活の安定を確立した上で、社会全体で一体となって社会の中で孤立させることなく安らぎと生きがいのある生活を提供することが重要である。また経済的不安に対しては、介護保険制度、生活保護制度などが、申請主義が原則のため、福祉システムの利用方法が分からない高齢犯罪者に対しては、刑事司法段階で福祉制度の利用の教示が必要である。さらに「開き直り・甘え」に対しては高齢者だから多少の違法行為は許されるだろうという安易な考え方を是正させるためには、犯罪傾向のある高齢者に対しては、高齢に至っても、精神的・社会的に自立できていなく、自己のコントロールが十分に発揮できないか、加齢にともなって統制力が減弱していく事態を認識させ、社会生活のための教育的な指導体制の構築が必要と思われる。そのためには、精神的自立心の養成を基本としつつ、労働の価値や責任を感得させながら、稼働能力のある高齢者に対する就労支援策など職業能力の付与をし、職業人であるとしての意識をもてるように教育的・治療的配慮が必要である。また女子に対しても、家庭人であると同時に職業人であるという意識を持たせ、生活能力の付与も図るべきであろう。このように、高齢犯罪者の実態と特質を十分に考慮した上での具体的な施策の展開を関係諸機関・団体が有機的に連携し、地域社会と協働して、総合的な対策を講じていく必要があろう。