自由研究発表社会福祉教育・実習1  吉村 夕里

社会福祉教育のナレッジデザインへの障害当事者の参画
 -車椅子使用者と協働する授業-

○ 京都文教大学  吉村 夕里 (会員番号4818)
キーワード: 《利用者参画》 《ナレッジデザイン》 《身体障害当事者》

1.研 究 目 的

 筆者らは,大学における援助専門職の養成教育や社会福祉教育に,障害をもつ当事者 (以下:「障害当事者」)が参画する試みを実施して,その成果を公表してきた。本研究では, 障害理解の方法として実施されている「障害疑似体験」の問題を考察するとともに,車椅子 使用者の学生と住民,そのケアラーらが参画する授業への関与観察をとおして,障害当事者 が参画する社会福祉教育を考察討する。

2.研究の視点および方法

 障害当事者が大学教育における「教材開発」や「教育実施」に参画すること,「教材 開発」と「教育実施」の相互フィードバックを確保して,スパイラルアップ方式で教育を 充実させていくことを目的として,障害当事者とインターエージェンシー,インタープロ フェッショナルな構成員が参加するプロジェクトを結成して,2008年6月から映像教材づくり と授業実施の取組を開始した。プロジェクトの参加者は,学生14名(車イス使用者2,その ケアラー1,演劇愛好会2,その他9),地域活動支援センターのメンバーとスタッフが計10名 (精神医療ユーザー9,社会福祉士と精神保健福祉士の有資格者スタッフ1),社会福祉法人の 研修担当職員4名(臨床心理士3,事務職1),障害当事者団体のメンバーとそのケアラー3名 (車椅子使用者2,ケアラー1),障害福祉サービス事業所の職員3名(ヘルパー2,身体障害 当事者1),医療機関の専門職2名(臨床心理士1,作業療法士1)),大学の教員2名(社会 福祉士有資格者1,精神保健福祉士と臨床心理士の有資格者1)であり,以上に,映像担当 として,大学職員と映像監督の2名が加わっている。プロジェクトでは,車椅子使用者の 学生から大学生活に存在するバリアについて実体験に基づくスクリプトの提供を受けて 映像化作業を行い,作成した映像教材を使用して実施した、2009年6月6日から6月7日の授業 について分析した。授業の実施主体は,プロジェクトメンバーである自走式の車椅子使用者 の学生2名と介助式の車椅子使用者の住民とそのケアラーやヘルパー,教員らであり,授業 対象の学生は20名で参加者は計29名であった。
 映像教材づくりから授業実施のプロセスとしては,最初に,①車椅子使用者の学生が, 大学生活のなかで遭遇するバリアに関するスクリプトを作成し、次に,②スクリプト作成者 と介助式の車椅子使用者の住民を含むプロジェクトメンバーが,討議と再構成を繰り返し ながら,協働して映像化作業を行い,作成した映像教材を活用して,障害当事者が参画する 授業を行った。③障害当事者が参画する授業は,「ウォーミングアップ:仕草や意思を協調 させるワーク」「車椅子疑似体験(自走式・介助式)」「映像化教材の視聴と追体験」 「車椅子使用者の実体験に基づくシナリオロールプレイ」「シェアリング」という主に 5つのワークで構成した。今回,分析対象としたのは,「ワーク終了ごとの参加者の自由 記述」と「授業終了後に提出されたレポート」,「授業で認められた参加者同志の相互作用」 である。分析方法は,「ワーク終了ごとの参加者の自由記述」と「授業終了後に提出された レポート」をKJ法で分析すると同時に,「授業で認められた参加者同志の交流」については 相互作用分析を行った。以上の分析方法を採用したのは,参加者の授業評価についてのKJ法 のみの分析では,障害当事者と参加者の視点の差異や相互作用が充分に明確化されないと 判断したためである。

3.倫理的配慮

 本プロジェクト参加者は,スクリプトの映像化及び映像教材を活用した授業の実施, 研究目的での映像や記録の活用について合意したうえで,本取組に当初から参加している。

4.研 究 結 果

 参加者の授業評価をKJ法により分析して,[困難さ][配慮] [物理的バリア][バリア フリー対策の不備][生命・安全の脅威] [行動を起こす必要性][当事者の能力][当事者の視点] という8つカテゴリーを生成した。また,[困難さ][配慮][物理的バリア]という3つの概念 から[援助者の視点]という上位カテゴリーを,[バリアフリー対策の不備] [生命・安全への 脅威] [行動を起こす必要性]という3つの概念から[生活環境への意識の変化]という上位 カテゴリーを,[当事者の能力] [当事者の視点]という2つの概念から[当事者のリフレクト] という上位カテゴリーを其々,生成した。このうち,[援助者の視点]は,障害疑似体験の 効果であると解釈して,[障害疑似体験の効果]というコアカテゴリーを,[生活環境への意識 の変化]と[当事者のリフレクト]は,双方ともに当事者参画の授業の効果であると解釈して, [当事者参画の効果]というコアカテゴリーを生成した。次に,生成した概念を援用しながら 参加者間の相互作用分析を行った結果、①参加学生と障害当事者との間には「物理的バリア の捉え方」や,「車椅子使用者と車椅子と介助者が存在する場面」に関する行為主体や所有 関係の認知に関わる差異が存在すること、②以上の差異は車椅子使用者たちの参加者への リフレクトをとおして明確化されることが明らかになった。障害当事者が参加する授業では, 障害当事者を教育の実施主体,かつ共同学習の主体として位置づけるとともに,障害当事者 が教材づくり,授業の企画・実施・評価まで主体的に関わる必要性がある。様々な問題点が 指摘されている「障害疑似体験」については, [障害疑似体験の参加者の視点]に [当事者 からのリフレクト]がその場で行われることによって,[生活環境への意識の変化]が生じて [当事者参画の効果]が表れるというプロセスを促進することが重要であり,そのためには 少なくとも障害当事者の参画を図るべきである。当事者参画の授業の効果は,参加者同士が 互いの観点の差異に気づくとともに,障害の「個人モデル」や「社会モデル」の対比が顕著 になることによって、様々な障害のモデルの存在に気づく機会が与えられるところにある (本研究は平成21~23年度の科学研究費補助「社会福祉教育のナレッジデザインへの利用者 の参画とコミュニティ形成に関わる研究」(基盤研究C)に基づく研究であるである)。

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