自由研究発表医療保健・医療福祉2  湯浅 弥

高次脳機能障害者のニーズに即した支援の在り方に関する研究
 -M-GTAを用いた分析を通して-

○ 日本福祉大学  湯浅 弥 (会員番号7892)
キーワード: 《高次脳機能障害》 《支援》 《M-GTA》

1.研 究 目 的

本研究では、高次脳機能障害者が求める支援ニーズについて、当事者や家族の立場 から明らかにし、より適切な支援の在り方を考察していく。また、現状の施策やサービスの 問題点を確認し、今後めざすべき方向について検討することを目的とする。

2.研究の視点および方法

高次脳機能障害は「わかりづらい障害」「見えない障害」といわれる(阿部2008:24)。 そのわかりづらさ、見えなさは当事者やその家族にとっても同じであり、時に、彼らは高次 脳機能障害によっておこされる特異な行動に理由も判らず途方にくれる。また、彼ら以上 に社会はその障害を知りえない。国内において高次脳機能障害を有している人々は30万~50万 ともいわれている(渡辺2009:124)。また、今日の救命救急技術の発展は、皮肉にも救命 はしえたが、高次脳機能障害を残すという結果を残すことにもなっている。 厚生労働省は、 2001年度から高次脳機能障害支援モデル事業を開始し、その後、高次脳機能障害普及支援事業 へとつなげている(今橋2007)。この間、高次脳機能障害診断基準が作られ、地域拠点に支援 コーディネーターが配置されるなどの成果を見ている(生駒2006:513)。
  筆者は医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)として高次脳機能障害者、家族に対し 支援をしてきた。また、数年前より一人のSWとして高次脳機能障害者の家族会を支援して いる。その中で、様々な施策、制度、福祉サービス等に結びつかない多くの当事者、家族と 出会った。彼らは生活の場面において就労をはじめとする社会生活全般にわたり、様々な形 での困難を抱えていた。筆者は、この体験を通し、これまでのMSWとして支援を行う中で、 どこまでこのような実情を把握していたかと内省するに至った。また、高次脳機能障害者が 抱える生活上の困難に対し現状の施策やサービスが乖離していることを強く感じ、果たして これらは彼らのニーズに適うものであるのか、という疑問が生まれた。また、当事者、家族の 声からは、高次脳機能障害を得るに至った傷病、受傷、生死の境から今日に至るまで悲喜交々 な思いが移ろうこと、そして、その生活は苦悩に満ちたものである事も知るに至った。その ことは、MSWとしての自分に、もし、「適切な支援」が「適切な専門職」において適時彼ら に対し実践されたなら、これほどまでの彼らの苦悩はなかったのではないだろうか、という 新たな疑問も生じさせた。
  このような体験から、高次脳機能障害者、家族に対して適切な者が「適時、適切な支援」 を行う必要性を強く感じた。そしてその支援とは、対象者(クライエント)のニーズや実体に 即しているものでなければならないはずである。そのためには、彼らのニーズを彼らの目線 から捉え、彼ら自らの声を聞き、彼らの目線で考えることが必要だと考えた。
 研究方法は質的研究を採用し、当事者2名、家族8名に対して半構造的インタビューを 行った。得られたデータは修正版・グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を 用いて分析した。

3.倫理的配慮

調査対象者に 日本福祉大学大学院倫理ガイドライン(以下、ガイドライン)を手渡し、 インタビューはこれに則り行うものであることを説明した。また、対象者には文書ならびに 口頭にて研究の概要、インタビューの内容を説明し、文書による同意を得た。

4.研 究 結 果

インタビューより今日の医療情勢の中で受傷・発症から、リハビリ、転院へと追い 立てられる様を聞くことができた。その中で彼らは多くの場合、高次脳機能障害という障害 を理解することなくその障害と向き合っていた。
  「高次脳機能障害ってどんな字書くのか分からなかった」当事者家族の言葉である。医療 機関に入院中、高次脳機能障害についての説明はなかった。退院後、発症前との愛娘に対する 言動の変化が理解できず、友人の紹介で保健所保健師に相談し、初めて高次脳機能障害に ついて知ることになる。その家族は、「(夫が高次脳機能障害であるという)障害を知ったから (夫と)別れずに、いまここにいる」と語った。
 また、本来患者、家族のそばで社会福祉の視点から支援をすることが期待されるMSW に 対しては、家族が望むリハビリ提供病院への転院ができなかったことを根拠に「何の役にも 立たなかった」とみなす家族の声も聞かれた。
  他、発症後数年を経ている当事者のご家族からは共通して、自分たち亡き後の不安について 「やっぱり一番そこだよ、最終的には夫婦中で問題になるっていうか俺達が亡くなったあと どうなるか。」「私が先に死んだらこの人はどうするんだろう、誰が面倒見るんだろう」等 と語られた。
  これらの声からは、当事者・ご家族の受傷・発症から直後の死の不安、受け止め、生への 希望、健常への希望、そして、生活への希望などのプロセスを汲み取ることができた。
5.まとめ
  「わかりづらい障害」「見えない障害」といわれ、その対応に様々な困難が生じる高次 脳機能障害。しかし、当事者、家族らが経るプロセスは他の疾病や障害のそれと差異は なかった。従って、その支援においてもソーシャルワークの基本的な実践が提供されること が必要であることがわかった。

<参考文献> 阿部順子(2008)「「生活場面」でのこれが適切な対応です『精神看護』24-31 渡辺修ら(2009) 「東京都における高次脳機能障害総数の推計」Jpn J Rehabil Med vol.46, No2 118-125 今橋久美子、 中島八十一(2007)「モデル事業で高次脳機能障害へのアプローチはこう変る」『JOUNAL OF CLINICAL REHABILITATION』 Vol.16No.110-16, 生駒一憲(2006)「高次脳機能障害者支援普及事業-相談支援 コーディネーターに期待する」『総合リハ 』34 巻6 号 513

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