自由研究発表医療保健・医療福祉2  西川 京子

薬物使用障害当事者家族への心理教育に基づく実践援助モデルとその評価

○ 新阿武山クリニック  西川 京子 (会員番号2621)
キーワード: 《薬物使用者鴎外当事者家族》 《実践援助モデル》 《評価》

1.研 究 目 的

 薬物使用障害当事者(以後薬物当事者とする)の多くは思春期に薬物使用を開始する。 その後薬物使用障害当事者家族(以後家族とする)は問題解決に血のにじむような努力を するが問題は深刻化する。10数年後に家族は疲労困憊し、家族危機に陥り、治療機関や 相談機関を訪れる。
 本研究の目的は、家族の努力にかかわらず、なぜ薬物問題が解決しないのかを諸理論を 参考に検討し、家族を立て直し、問題を解決する有効な方法を実践援助モデルとして構成し、 その効果を実証することである。

2.研究の視点および方法

 研究目的達成のために、家族危機発生要因と薬物問題解決支援の理論枠組みとして 家族ストレス論 1)、家族システム論 2)、EE研究に基づく心理教育理論 3)を検討し、 理論化を進めた。
 家族ストレス論は薬物問題による家族危機の発生関連要因として、ストレッサーに対する 認識と意味付けおよびそれへの対処資源と対処法を示した。また、家族システム論は、薬物 問題が解決しないのは家族の常識的な認識と対処が問題維持連鎖となっていることを明らか にした。また、EE研究に基づく心理教育理論は、薬物当事者と家族の関係の立て直しと 病気の再発防止には、心理教育として知識と情報を提供し、対処資源と対処法を伝達し、 それらを活用した対処を心理社会的に支援する必要性を示した。
 上記の理論枠組みから従来の家族の力で薬物使用を止めさせようと当事者を監視し、 コントロールし、問題解決への責任を肩代わりしてきた認識と対処を逆転させ、薬物を止めて 回復を進める主体は薬物当事者であり、回復への動機と意欲を高めるために信頼と尊敬に 基づく温かい家族関係を築き、薬物問題解決への責任を奪わない関わりに転換する実践援助 モデルを構成した。
 具体的には、心理教育として提供する知識と情報は、疾患としての薬物依存症、病人として の薬物当事者、当事者の回復への動機と主体性、問題解決への社会資源などである。伝達する 対処資源と対処法としては、個別・集団・ネットワーク援助、自助グループや関連イベントの 紹介、共依存と家族機能の改善、家族の自責感や問題解決への責任感のポディテイブな リフレーミング、などを伝達した。そしてこれらの知識と情報と対処資源と対処法の提供・ 伝達を受けて、自己決定・自己責任、自尊感情の回復、エンパワメント、リカバリーの理念 に基づく対処を情緒的社会的に支援することを構成要素とした。
 この実践援助モデルを実施し評価し、問題点を改善して修正援助モデルを構成した。その 実践を検証して修正援助モデルの有効性を明らかにし、今後の課題を整理した。

3.倫理的配慮

 実践援助モデルの実践の初回調査とその1年予後を調査し、加えて、調査で明らかに なった問題点を改善した修正実践援助モデルの初回調査とその9ヵ月予後調査を実施した。 これらの調査実施時に、調査への自由意思の尊重、守秘の約束、統計的処理による個人の 非特定、回答は研究目的以外に使用しない、回答をもって調査への同意とする、ことを文章 で説明した。

4.研 究 結 果

 2005年、実験援助モデルの薬物家族支援プログラムの初回参加家族98名を対象に調査、 その1年予後を調査した。平均参加回数は3.6回、初回での中断率51%、薬物問題への認識・ 家族の現状は70数%が改善、家族自身の回復は80数%が改善、60%が自助グループに参加、 家族機能タイプは有意に改善、4つの嗜癖傾向と共依存傾向は有意に改善、当事者の断薬は 26.3%から33.3%に改善されたが有意差はなかった。この結果、平均参加回数の少なさ、 初回参加での中断率の高さ、薬物当事者の断薬率の低さなどが明らかになった。
 これらの課題を運営面で改善して修正実践援助モデルを構成した。2007年、修正実践援助 モデルの初回参加家族80名を対象に調査、その9か月予後を調査した。平均参加回数5.6回 、初回での中断率36.3%、薬物問題への認識・家族自身の回復は90%が改善、家族の現状は 78%が改善、44%が自助グループに参加、家族機能は「きずな」「かじとり」の両レベルで 有意に改善、3つの嗜癖傾向と共依存傾向は有意に改善、自尊感情は有意に改善、当事者の 受療は28%から40%に有意に改善、断薬率は13.6%から33.3%に有意に改善、当事者の自助 グループ参加、NA参加・回復施設ダルク参加は統計的な変化はみられなかった。
 以上の修正実践モデルの評価から見えてきた今後の課題の1つは、修正実践援助モデルは 家族支援のモデルとしての有効性を明らかにしたが、この効果が薬物当事者の回復に連動 していないことである。その理由としては、数少ない薬物依存症専門治療、唯1つの自助 グループNA、全国に50数か所のダルクの活動、この社会資源の乏しさとこれらの数少ない 社会資源に薬物当事者を導入する積極的取り組みの欠如を上げることができる。もう1つの 課題は、当事者・家族に共通する社会資源の活用への消極性である。家族には心理教育と 自助グループは車の両輪と位置付け、参加を勧めているが、自助グループ参加は半数に 満たない。また、薬物当事者も自助グループや回復施設ダルクへの参加は消極的である。 この理由としては、薬物問題への偏見、治療よりも司法処遇を優先するこの社会の現状が 考えられる。薬物問題への理解に基づいた社会的支援の実現が急務である。

参考文献
1)石原邦雄,2000,『家族と生活ストレス』放送大学教育振興会.
2)立木茂雄,1991,「家族への対応-人と状況の間に見られる問題維持の連鎖パターンへの 対処」白石大介・立木茂雄『カウンセリングの成功と失敗』創元社:190-244.
3)後藤雅博, 1998,「効果的な家族教室のために」後藤雅博編『家族教室のすすめ方』 金剛出版:9-26.

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