自由研究発表所得保障・公的扶助2  世利 直子

ニューヨークにおける福祉改革と受給者の暮らし
 -母子世帯を中心として-

○ 一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程  世利 直子 (会員番号7354)
キーワード: 《母子世帯》 《福祉政策》 《ニューヨーク》

1.研 究 目 的

 アメリカ合衆国では、1996年8月、個人責任・就労機会調停法(Personal Responsibility and Work Opportunity Reconciliation Act of 1996:PRWORA)が成立し、福祉の給付は期限 付きになり、福祉受給者に就労させて福祉から離脱させることを目的とした「福祉改革 (Welfare Reform)」が行われた。その受給者のほとんどを母子世帯が占める「要扶養児童 家族扶助(Aid to Families with Dependent Children: AFDC)」がその他の関連するプログラム と共に廃止され、「貧困家庭への一時扶助(Temporary Assistance to Needy Families: TANF)」 に統合された。このTANFは州によってその名称を代え、それぞれの州は独自のプログラム を行っている。本報告で取り上げるのは、ニューヨーク州におけるTANFである「家族支援 (Family Assistance : FA)」である。その他には単身者や子供を持たない夫婦などFAの対象 ではない人々やFAの受給期限を超過した人々のための扶助である「セーフティネット扶助 (Safety Net Assistance: SNA)」という制度も存在する。
 また、ニューヨーク市ではジュリアーニ市長(1994~2001年)のもとで行われた福祉改革 によって、現金扶助受給者は1995年3月116万593人→2001年12月46万2595人→2010年2月35万 3824人と80万6769人(69.5%)も減少し、ニューヨーク市の福祉改革は成功のモデルとして 全米から注目を浴びた。具体的な制度としては、公的扶助申請者に対する求職活動プログラム である「技能評価・職業斡旋プログラム(Skill Assessment and Job Placement : SAP)や、 受給者に対して求職活動に加えて職業教育訓練を行う「雇用サービス職業斡旋プログラム (Employment Services Placement: ESP」、受給者に就労義務を課す「就労経験プログラム (Work Experience Program: WEP)」があげられる。これらの福祉政策の特徴について概観し、 公的扶助受給者の属性や経済的状況を調査することで、ニューヨークにおける福祉改革の 受給者に与える影響について考察することを本報告の目的とする。

2.研究の視点および方法

 本研究は、文献研究とともに母子世帯を対象とした全米の福祉政策を行う保健ヒューマン サービス省内の子どもと家族局(Administration for Children and Families)やニューヨーク州 一時的・障害者支援局(Office of Temporary and Disability Assistance)、ニューヨーク市 社会サービス省内の人的資源局(Human Resource Administration)公表する資料をもとに調査 を行った。

3.倫理的配慮

 本研究では、主に合衆国政府の公表する資料を用いており、特定の個人を対象とした 研究ではなく、日本社会福祉学会「研究倫理指針」に則りその規定を遵守した。

4.研 究 結 果

 全米における福祉改革では、就労を条件とした貧困者にとって厳しい福祉政策が実施 されたが、なかでも最も過酷な福祉政策を実施するのがニューヨークであろう。とくに ニューヨーク市の場合、SAPのように福祉を受給するための申請の段階で求職活動を 義務づけ、また申請の手続きをできるだけ煩雑にし、申請者が嫌悪を感じる指紋採取を 義務づけ、受給者になる前段階で申請者数を減らす戦略がとられている。職業訓練に力を 入れて福祉受給者に福祉から離脱させようとする福祉政策を人的資源開発モデルと呼ぶが、 ニューヨーク市ではすぐに職業斡旋を行い仕事に就かせるワークファーストモデルの福祉 政策が行われている。また、就労可能な受給者に公園や道路の清掃などの公的機関での 労働をさせるWEPは、福祉受給者に自立した生活のための資格やスキルを身につけさせる 就労活動ではない。
 福祉受給者の属性について、SNAは主に単身者対象の制度であるため、母子世帯が多く を占めるFAとFAの受給期限の60ヶ月を超えてSNAに切り替えた受給者に注目すると、 ニューヨーク市人的資源局の2010年1月の四半期における調査では、ニューヨーク市における FA受給者は約15万5千人、期限超過SNA受給者は約9万人であった。性別内訳は、成人 受給者のうちFAでは男性17%、女性83%、期限超過SNA受給者で男性13%、女性87% を占め、8割以上が女性である。人種別構成では、FAでは黒人42%、ヒスパニック50%、 白人5%、その他2%であり、期限超過SNA受給者は黒人52%、ヒスパニック43%、白人4%、 その他1%であった。黒人とヒスパニックが受給者の9割以上である。教育水準は、FAでは 0~8年生8%、9~11年生43%、高卒以上49%であり、期限超過SNA受給者は0~8年生7%、 9~11年生48%、高卒以上45%となっている。中等教育以下の学歴が半数以上ととても低い。 このように、福祉受給者において黒人や(英語のスキルに問題がある可能性のある) ヒスパニックの女性の占める割合は大きく、また半数以上を占める教育水準が低い受給者に 即職業斡旋をして就労させても、やはり低賃金の不安定な仕事にしか就けないだろう。ワーク ファーストモデルでは、福祉から離脱しても経済的自立が望める賃金の仕事には就けない。 ニューヨーク州法には「貧困者への扶助、ケア、支援」を州・地方政府に義務づける一節が あるが、現行の福祉政策とは矛盾しているように思われる。ニューヨーク州・市政府は賃金の 高く安定した継続可能な仕事に就けるように、受給者に効果的な教育・職業訓練プログラムを 拡充する必要がある。

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