生活保護受給世帯の子どもの生活実態
-被保護世帯の子どもアンケートに基づいて-
○ 首都大学東京 長沼 葉月 (会員番号7246)
キーワード: 《生活保護》 《子ども家庭支援》 《生活問題》
本研究は、生活保護受給世帯の子どもたちの生活実態について、当該世帯の子どもたち
自身の視点に立って明らかにすることを目的としている。
ここ数年、貧困が子どもに与える影響に関する研究が多く行われるようになった。最も
多く指摘されているのは、教育の外部産業化を背景として貧困世帯の子どもたちは学業達成
が低く、結果的に学歴達成も低くなり、就業機会に制限が生じ、貧困の再生産へとつながり
うる、というものである(阿部,2008; 苅谷,2008)。また貧困を背景や媒介要因として家族
内システムに様々な負荷がかかり子どもへのマルトリートメント(その最たるものは虐待)
へと連鎖するという指摘もなされている(松本ら,2010)。
では実際、子どもたち自身は自分たちの生活の様子をどう考えているのであろうか。貧困
世帯の子どもたちは、他の子どもたちと比べて、生活習慣や学習意欲や自己意識、将来展望
にどのような違いがあるのだろうか。世帯主や主たる養育者としての母親を対象にした調査
は多くあるものの、子ども自身の目線に立った研究は管見ではほとんどなされてこなかった。
そこで本研究では、貧困世帯を代表するものとして生活保護受給世帯の子どもを対象に
調査を行い、一般の子ども対象の調査結果と比較することで、子ども自身の生活実態が
どのように一般世帯と異なるのかを明らかにする。
本研究では、二つの研究のデータベースを用いて行った。
一つは首都大学東京(研究代表者 岡部卓)が東京都の委託事業として取り組んだ「貧困
の連鎖解消のための調査研究」の一環として行われた、被保護者世帯アンケートのデータ
ベースである(以下被保護世帯調査とする)。このアンケート調査は、演者が調査事務局を
担当し2010年2月から3月にかけておこなった。東京都の生活保護「学習環境整備支援費」
事業に実績のある自治体において、生活保護受給世帯の世帯主と子どもを対象者として、
自己記入式質問紙調査を実施した。調査票の配布には福祉事務所を経由し、回収は郵送法
で行った。対象世帯は100世帯で子どもの回収票は87票であった。本研究では、回答者の
大半を占める中学生(73名)を分析対象として用いた。
もうひとつが、一般世帯に関するものである。一般世帯の子どもの生活実態については、
ベネッセ教育研究開発センターが2009年8月から10月に行った「第2回子ども生活実態基本
調査」(以下ベネッセ調査とする)のデータベースを用いた。ベネッセ調査は、演者も
研究班メンバーの一人であり、全国の小学校4年生から高校2年生計13,797名に対して自記
式質問紙法を用いて学校経由で調査を行ったものである。本研究では、そのうち大都市圏
の中学生1464名を分析対象とした。
被保護世帯調査においては、ベネッセ調査の調査票を参考に調査項目を設定したため、
多くの項目において両群の比較が可能である。そこで本研究では二つのデータベースを統合
し同じ設問項目への回答を比較した。共通する質問項目としては、生活習慣、小さい頃の
体験、学習意欲および学習動機付け、成績の自己評価、親子の関わり、自己意識、生活
満足度、将来展望、が挙げられる。なおベネッセ調査の対象者は学校通しで選定されている
ため、その中には生活保護受給世帯やその他の貧困世帯も含まれるとは考えられるが、
サンプルサイズが大きいため全体的な傾向を把握するための指標として使う上では問題
ないと考えている。また本調査では福祉事務所
生活保護世帯の子どもに対するアンケート調査では、調査の趣旨を書面で説明し同意
が得られた際にのみ実施するよう依頼し、母親による書面の同意を得た。また調査協力に
対して謝品を1ケース2000円分の金券を提供した。調査は無記名で、調査の実施に際しては
首都大学東京の研究安全倫理審査指針に基づき、個人の同定がなされないよう配慮を重ねた。
ベネッセ調査のデータベースの利用に関しては、ベネッセ教育研究開発センター研究
事務局による承諾を得た。
睡眠や食事といった基本的な生活習慣、小さいころからの生活体験に2群間の差は みられなかったが、放課後の過ごす場所には大きな違いがみられた。被保護世帯の子ども たちは一般調査の子どもたちと比べて、身近な友人の数が少なく、自己評価が低く、将来 展望が悲観的で乏しいことが明らかになった。当日は詳細なデータを交えて報告する。
(主要文献)松本伊智朗, 清水克之, 佐藤拓代, 峯本耕治, 村井美紀, 山野良一(2010)『子ども虐待 と貧困: 忘れられた子ども」のいない社会をめざして』明石書店
苅谷剛彦(2008)『学力と階層 : 教育の綻びをどう修正するか』朝日新聞出版
阿部彩(2008)『子どもの貧困 : 日本の不公平を考える』岩波書店
ベネッセ教育研究開発センター(2010)『第2回子ども生活実態基本調査本報告書』
http://benesse.jp/berd/center/open/report/kodomoseikatu_data/2009/index.html