生活保護受給母子世帯の自立支援プログラム開発(その3)
-事例分析による千葉県A市版支援ツールの効果検証-
○ 横浜市中福祉保健センター 久保田 純 (会員番号6230)
東洋大学 森田 明美 (会員番号646)
植草学園大学 宮下 裕一 (会員番号2903)
横浜国立大学 相馬 直子 (会員番号5033)
こども教育宝仙大学 宮武 正明 (会員番号6485)
旭川大学女子短期大学部 清水 冬樹 (会員番号6541)
江戸川大学総合福祉専門学校 小林 恵一 (会員番号7136)
キーワード: 《生活保護受給母子世帯》 《自立支援プログラム》 《効果検証》
本研究チームでは2007年より千葉県A市と研究開発の合意書をかわし、千葉県A市に
おける「生活保護受給母子世帯自立支援プログラム」の開発を行ってきた。
開発に先立ち、千葉県A市における生活保護受給母子世帯(以下、母子世帯)の実態を
把握するため、2007年に千葉県A市において母子世帯と生活保護ケースワーカー(以下、CW)
にアンケート調査・インタビュー調査を行った。その結果、母子世帯の生活に①徐々に
悪化していく母の健康状態②家事全般での課題③周囲からの孤立④子どもの育ち及び母子
関係の課題⑤就労への意識など多面的な問題が存在し、生活保護を受給しても生活全般が
向上していない現状を把握した。その上で本研究チームでは母子世帯の「自立」概念を、
様々な環境にある母子世帯が自らの生涯設計を「就労」「育児」「健康」のバランスを取り
ながら構築できることという「多面的な自立」として位置づけた。また調査からは母子世帯
とCWとの間に信頼関係が構築しにくい構造があることを確認し、その中で「利用者主体」
「CWの専門性」「母子世帯とCWのパートナーシップ」に多くの課題があることが示唆された。
この結果から母子世帯に対して「多面的な自立」に向けた支援を行うためには、母子世帯と
CWが共通認識を持ちながら多面的課題を個別的に抽出をし、CWが専門性を持ち側面的な支援
を行いながら、母子世帯が自分自身の生活設定について主体的に取り組むことが重要である
と結論付けた。(2008年学会発表)
このような結果を受け、本研究チームでは「生活保護受給母子世帯自立支援プログラム」
の一環として、「利用者主体」「CWの専門性」「母子世帯とCWのパートナーシップ」を
実現させながら母子世帯の「多面的な自立」を実現させることを目的に、「現状調査から
導き出された詳細なアセスメント項目」「CWと母子世帯の共同作業」「支援過程の視覚化
による共有」といった特徴をもつ支援ツールを開発した。(2009年学会発表)この支援ツール
は2008年11月より千葉県A市役所においてすべての母子世態に対して使用が開始され、現在
使用開始から一定期間を経ている状況にある。
本研究は、「多面的な自立」を目標とし「利用者主体」「CWの専門性」「母子世帯とCW
のパートナーシップ」の構築を目的に策定された千葉県A市版支援ツールの実際の使用を
踏まえて、支援ツールの効果を明らかにし、支援ツールの目的に対する可能性や課題を
明らかにすることを目的としている。
支援ツールの「多面的な自立」「利用者主体」「CWの専門性」「母子世帯とCWの
パートナーシップ」に対する効果を検証するにあたり、これらの効果が個別性との関連が
強いと想定されることから、本研究では帰納的研究方法のうちの個別事例を検証する事例
研究法を採用した。具体的には1事例について、支援ツールの内容及び変化の分析とCWと
母子世帯にそれぞれインタビュー調査を行い支援ツールに対する意識を概念化を行い、
これらを事例の経過と比較しながら、支援ツールの「多面的自立」「利用者主体」「CWの
専門性」「母子世帯とCWのパートナーシップ」に対する効果の検証を行うこととした。
母子世帯の調査協力者については、本研究の特性から①支援ツールの使用開始から1年
以上経過しており、その間に複数回支援ツールの作成をしている②研究の趣旨を理解し、
研究協力が可能であることの2点を条件に、A市にケース選定の依頼をし調査協力者を選定
した。
具体的な調査方法としては、まずA市役所にて調査協力者のケース記録を閲覧し、調査
協力者のこれまでの生活の概要やA市役所における支援経過についてのフィールドノートを
作成するとともに、実際作成された支援ツール(3回分)を回収した。(2010年6月)また
支援ツールを作成した際の担当CWと調査協力者(母親)にそれぞれ半構造化面接(約1時間)
を行い、実際作成された支援ツールをもとに、支援ツール作成までの生活状況の確認・支援
ツール作成時の状況・支援ツール作成をした上での感想などについてのインタビューを行った。
インタビューについては、担当CW・調査協力者にそれぞれ了解を得た上で録音を行い、逐語録
を作成した。(2010年6月)
分析については、まず3回分の支援ツールを数値化し変化をグラフにすることで視覚化
を行った。またインタビュー記録については、時間軸を考慮しながら「多面的な自立」
「利用者主体」「CWの専門性」「母子世帯とCWのパートナーシップ」を軸に逐語録から
ワーディングを行い、さらにその項目から中項目・大項目にカテゴリー化し抽象化させた。
最後に支援ツールの変化グラフ、逐語録のカテゴリーを事例経過と比較検討を行い、支援
ツールの効果さらには可能性・課題について考察を行った。
本研究を含めた一連の調査研究・プログラム開発は、千葉県A市と合意書を交わして
おり、千葉県A市の倫理委員会の許可を得て、情報の厳重な管理をしながら研究をすすめて
いる。
本研究については、日本社会福祉学会「研究倫理指針」に従い、調査協力者に対して口頭
および文書で研究の趣旨・データについては本研究以外では使用しないこと・匿名性の確保・
外部公表の際は事前承認を得ること・同意後の辞退が可能なことなどについて説明を行い、
調査協力者から口頭および文書での同意を得ている。また報告における匿名性の確保について
は、本研究での事例は特定される恐れのある個人名・固有名詞などは伏せ、内容の本質に
触れない程度に事例内容の加工・修正等を行い、個人が特定されないよう配慮を行った。
加えて本研究を報告するにあたり、調査協力者及びA市役所に報告内容及び原稿を事前に
確認してもらい、報告の了承を得ることとしている。
①多面的な自立
支援ツールの変化グラフでは、母子世帯の生活面での大きな変化は見られなかった。これ
については、1年半という期間での作成であったこと・元々安定した生活を送っていたこと
などからの結果と考えられるが、母親の意識として【就労に対する現実的検討】という変化
は見られており、今後長期間にわたる支援ツールの利用による変化の可能性について示唆
された。
②利用者主体
ツールの利用を通して、母親の意識として2回目以降の作成時に【過去の生活状況の
意識化】【時系列で連続した生活の把握】が感じられており、母親自身の生活全体についての
理解に対しての効果が明らかとなった。
③CWの専門性
ツールの利用を通して、CWの意識として【母子世帯全体の把握の促進】【状況変化の理解
の促進】【問いかけの容易化】が感じられており、アセスメント技術の専門性に対して一定
の効果があったことが明らかとなった。一方でCWの【社会資源の活用及び支援的内容作成の
困難さ】、母親の【指示的支援の必要性】という意識も抽出されており、CWの計画立案技術
に対する効果に課題があると考えられた。
④母子世帯とCWのパートナーシップ
今回の調査においては、「パートナーシップ」に関する効果は抽出されなかった。これに
ついては、長期間の支援ツールの使用においてさらに検討していく必要性が示唆された。
※本研究は、東洋大学福祉社会開発研究センター研究プロジェクト「自治体と保健計画と
地域における福祉社会形成」の一環として行われている。