自由研究発表所得保障・公的扶助2  櫻 幸恵

生活保護世帯への教育的支援の「場」についての考察

○ 岩手県立大学  櫻 幸恵 (会員番号4835)
キーワード: 《所得保障・公的扶助》 《児童福祉》 《方法・技術》

1.研 究 目 的

 OECDの定義によれば、日本の子どもの貧困率は13.7% (2004年)で、約7人に1人の子ども が貧困状況にあるといわれている。子どもは育つ家庭を自分では選べない。貧困世帯で育つ 子どもは、経済的困難だけでなく、人間関係や学習機会から疎外されるなど、幾重にも重なる 不利を自らの選択外のところで被っている。 子どもは日常の多くの時間を学校と家庭で 過ごすため、どのような教育の機会をもち、どのような学習環境の中で学べるかは、子ども 自身が自分の人生を切り開いていく上で、非常に大きな影響をあたえると考えられる。
 したがって、貧困の世代間連鎖や階層化などの問題を考えるとき、貧困世帯の子どもの 生育環境の整備、特にも学習環境の整備は避けて通れない課題のひとつであると捉えること ができる。
 本研究では、生活保護世帯を対象に子どもの学習環境に大きな影響を与える親の学習指導 の状況や学校との関わり、家庭外の支援者の有無等を調査・分析することにより、生活保護世帯 の子どもの学習環境整備に必要な支援策について、福祉と学校との連携を視野に入れて、 具体的な支援の「場」の設定について検討することを目的とする。

2.研究の視点および方法

(1) 研究の視点
 生活保護世帯の子どもの学習環境への支援について検討するにあたり、貧困と成長を つなぐ「経路」(path)のうち、家庭環境や親のストレス、学習資源不足に焦点をあて、 「世帯の外に子どもについての相談相手がいるか」、「親の学習指導の状況や学校への 関わりはどうか」、「教育費の状況はどうなっているか」について調査を行った。
 また、生活保護のケースワーカーが世帯に対しどのようなアプローチを行っているか、 学校とはどう関わっているかについても確認をした。調査結果を踏まえ、特に、子ども が日常を過ごす学校との連携の中で支援の場を設定し、アプローチを行うことができないか 考察を行った。
(2) 研究方法
 ・調査方法:半構成的質問法による聞き取り調査
 ・調査対象者:A県の市部・郡部(県管轄)の福祉事務所のうち、中学生・高校生を有し 聞き取り調査の了解を得た被保護世帯と、許諾を得た世帯を管轄する福祉事務所の査察 指導員及び同管内の調査許諾を得た校長を調査の対象者とした。
 ・分析方法:聞き取り内容を文章化しコーディングして、コードマトリックスを作成し 分析を行った。

3.倫理的配慮

 被保護世帯のなかで中学生・高校生を有する世帯のうち適当と思われる世帯に対し、 事前に聞き取り内容を送付し、調査に協力いただけるかを確認のうえ、調査日程を調整した。
 また、調査対象者が途中で調査を拒否する場合は、直ちに調査を中止する旨を伝え、 了解をいただいたことを確認し同意書に署名捺印をいただいた。個人情報の守秘には最新 の注意を払い、地域や個人名が特定されないようデータの取り扱いには十分な配慮をした。 分析の後は、すべての録音やメモなどを消去・破棄をした。

4.研 究 結 果

 今回、調査を打診した世帯のうち半数以上に断られた結果となったが、承諾を得た 世帯から、多くの示唆を得ることができた。子どものことでの相談相手については、家族 のほかには相談する相手がおらず、親戚や知人との交流、地域との交流もほとんど行われて いない。民生委員・児童委員との交流もなく、生活保護の現業員の他には通院中の家庭で MSWとのやり取りがあるのみだった。子どもへの学習指導については、熱心に行っている 家庭は1件あったが、他の世帯は全く行っていないか声かけのみの状況であった。また、 困窮から部活動を制限し、部活動の道具や学用品を我慢している状況が確認できた。学校 との関わりは、参観日や学校行事、進路相談には毎回参加しているが、学級懇談会やPTA には出ておらず、他者との交流を避けている様子が確認できた。以前は積極的にPTAに参加 していた世帯が、国のお世話になっている片身の狭さを感じ地域でも白眼視され、スティグマ により社会参加から切り離されていく様子も明らかになった。また、別の世帯では、子ども の荒れに直面した際、荒れの背景にあった過去のネグレクトや離婚で受けた傷など子どもの 生育暦が担任教師に伝わらず、結果として高校を中退した事例もあった。
 査察指導員への聞き取りでは学校との連携体制がとれず、担任に会うことさえ困難な 状況が示された。また、昨今の経済状況から新規申請ケースに追われるなど、業務が多忙 なため、子どもの支援に割く時間が取れない状況も明らかになった。一方、学校側では第3者 に対する警戒感や情報を共有するメリットを確認し合える公的な場がないために対応が 難しいことや、多忙なために世帯の子どもに特別に時間を割けない状況も確認された。
 以上のことから、子どもの支援について、親と教師の関係性構築のための具体的な「場」 の必要性が認められた。その際には、生活基盤の中への「場」の組み入れ=参加しやすさへの 配慮が必要である。また、福祉と教育の双方で情報共有を行える「場」の構築も必要である。 例えば3者面談を利用したカンファレンス機会の設定も考えられる。特別な場ではなく、 日常の場面に支援の「場」を設定することは、参加しやすさを共感的理解をつむぎやすい 要素があるのではないかと思われる。課題としては、個人情報の取り扱いや、イニシアティブ のとり方、スクールカウンセラー等との連携などがあげられる。

(引用参考文献)阿部彩(2008)「子どもの貧困」岩波新書 子どもの貧困白書委員会(2009)「子どもの貧困白書」明石書 遠藤由美(2005)「子どもの権利研究7号」日本評論社

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