自由研究発表所得保障・公的扶助1  谷 太一

公的扶助における就労支援の在り方
 -イギリスのニューディールにおける媒介的労働市場-

○ 大阪府立大学 博士後期課程  谷 太一 (会員番号7783)
キーワード: 《就労支援》 《労働統合型社会的企業(WISE)》 《媒介的労働市場(ILM)》

1.研 究 目 的

 稼働能力を有する稼働年齢層の生活保護による受給者が都市部を中心に急速に増大 していることから、公的扶助における就労支援の在り方が一層、問われようになってきた。 これまでに全国における先進事例が紹介されているが、いまだベストといえる方法論が 確立されたとは言えない状況である。
 ここでイギリスのニューディールにおける媒介的労働市場(以下、ILMと略)を取り上げ 検討することは意義深い。ブレアーがニューディールを立ち上げた1998年と現在の 日本の状況とはある意味で共通したところが認められるからである。若者の失業者が増え、 仕事は不安定なものになり、公的扶助においても有効な就労支援策が確立されていなかった。 イギリスにおける主な公的扶助としては、所得扶助と無拠出制求職者手当である。これら の公的扶助の受給者に対する就労支援策としてニューディールが打ち出された。その ニューディール政策の中に、ILMは全面的に制度的に取り入れられたわけではないが、 一定の有効な役割を果たしてきた。ILMの対象者は、長期間仕事から遠ざかっている、 最も就職が困難な人々である。仕事の内容は、それまで地域で行われてこなかった、しかも 地域で解決が切実に求められている共益的な仕事である。約1年間、通常の仕事と同様、 給料を得て働き、しかも同時に、職業訓練やその後の就職に対する求職相談も受ける。 このように、一般就労への橋渡しをするという意味で媒介的といわれている。
 ILMはどのような効果をもたらすのか、またILMは労働統合型社会的企業(WISE)で行われて いるが、ILMにおける社会的企業の果たす役割は何かについて、その実態を明らかにする 中で、日本の公的扶助における就労支援に示唆するものを検討したい。

2.研究の視点および方法

 就労支援の先進事例を検討する際には、単にその概要、要素をのみを明らかにしても 有効な示唆は得られず、その制度の社会的、文化的、歴史的な背景が理解されないかぎり、 その全体像も得られない。特に就労支援の在り方を考える際には、仕事の在り方、雇用の 流動化、労働の変容と社会的企業の役割に関する考察が欠かせない。ILMの実態に関しては、 地方自治体やIKM企業による調査報告書を中心に文献的に研究する。

3.倫理的配慮

 本研究は文献研究であり、日本社会福祉学会による「研究倫理指針」を遜守する。

4.研 究 結 果

 各種の調査報告書から、ILMはそのプログラムを終えてからの一般就労への就職率が これまでの就労支援策よりも平均して高いということが検証される。特に、若年者向け ニューディールのオプションであるエンバイロンメント・タスク・フォース(ETF)と ボランタリー・セクター(VS)に参加する者と、この部門の該当者の中でILMに参加した 者におけるその後の就職率を比較すると明らかに、ILM参加者の方に効果が見られた。
 なぜILMは、他の就労支援策よりも高い就職率を達成できるのかに関して、これまでの 説明では、実際の仕事の場面に近い状態で仕事を行うという経験が効果を生みだすという ことが強調されてきた。このことは歴史的にも、公的扶助を得て公共事業的な仕事に就いても、 効果が上がらず、ILMが生み出されてきたという経過からも実証されているところである。
 しかし平均的には効果的な就職率を誇ると言っても、調査報告書から、必ずしもすべての ILMが成功しているわけではないことも判明する。こうした問題を考える際に重要と思われる ことは、ILMが地域において社会貢献的な仕事を行うことへの評価である。これまで、ILMは 社会的企業で行われ、また地域に役立つ活動が行われているということが単に事実として 取り上げられることは多いが、その深い含意がこれまで十分に考察されてきたとは言えない。 ILMが取り組む仕事の内容の規定として、その仕事は「追加的」であり、「共益的」で なければならないとされている(それらはドイツの失業手当Ⅱでは、更に厳密に法的に規定 されている)。これまですでに地域に行われている仕事にILMが参入すれば、ILMは各種の 公的助成を受けるので、すでに存在する仕事の競争力を失しめ、またその仕事に従事する 人の職場を奪ってしまうことになる。そうした事態を防止するのが「追加的」という規定 である。また「追加的」であればどんな仕事でもいいというわけではない。「追加的」で あるからいって、シジフォスの神話のような意味のない仕事を課しても地域にとっても、 ILMの参加者にとっても役立つことはない。地域のニーズに応えるものでなければならない ということが「共益的」という規定である。
 フランスのラヴィルは近年の労働概念の変容に関連して、これまでの通常の有給の仕事 そのものが行き詰まりを見せる中で、地域におけるニーズを掘り起こし、地域のニーズに こたえる仕事として、社会的企業による「近隣サービス」という概念を提唱している。ILM の地域に貢献する仕事とはまさにこの「近隣サービス」に該当する。「追加的」・「共益的」 という規定は、仕事の置換え効果や代替効果を防止する、一見、消極的・受身的な規定に 見えるが、同時に地域で求められている仕事を新たに掘り起こしていくという、積極的・ 肯定的面を同時に持つのである。この面が見失われ、ダイナミズムが失われるとき、組織の イソモルフィズムがもたらされる。その結果、ILMは地域にとって役立たない仕事となり、 それに従事する者のケイパビリティも高められず、期待される就職率も達成されなくなるの である。こうした全体像が理解されるとき、ILMは、ニューディールにおいて有効であった ように、日本の公的扶助における就労支援策としても有効であると言える。

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