「貧困ビジネス」に対する行政機関の関与について
-無料低額宿泊所を事例として-
○ 法政大学大学院政策創造研究科博士課程 元田 宏樹 (会員番号7768)
キーワード: 《生活保護》 《「貧困ビジネス」》 《第二種社会福祉事業》
2010年10月、厚生労働省内に「無料低額宿泊施設等のあり方に関する検討チーム」
(以下「検討チーム」という)が設置された。主な検討事項としては、無料低額宿泊施設に
おける法規制や金銭管理のあり方が掲げられた。チームのメンバーとしては、厚生労働
副大臣を顧問に置き、大臣政務官を主査として省内の局長級・課長級で構成されている。
また、マスメディアを通じ、「貧困ビジネス」の一形態として「無料低額宿泊所」に関する
報道を見る機会が増えている。
この「無料低額宿泊所」(以下「宿泊所」という)とはどういうものなのか。法的には、
社会福祉法で規定される第二種社会福祉事業とされている。昭和26年の法制定時から存在
しており篤志家による慈善事業として、法律の条文通り「生計困難者のために、無料又は
低額な料金で、簡易住宅を貸し付け、又は宿泊所その他の施設を利用させる事業」(社会
福祉法第2条第3項第8号)として重要な役割を果たしてきた。
こうして見ると、「貧困ビジネス」として批判を受ける事業ではなく、現代においても
多くの善意の事業者によって運営がなされている。一方、悪質な事業者による生活保護
受給者をターゲットとした搾取が行われているのも事実である。
本報告では、こうした玉石混交の「宿泊所」事業者に対して行政機関がいかなる関与を
施すことで「宿泊所」利用者の人権を守り処遇向上が図られるのか、その手法について
考察することを目的とする。
厚生労働省のホームページで公開されている「検討チーム」における支援者団体から のヒアリング資料や自治体、宿泊所事業者からの提出資料等から考察する。また、東京都内 の宿泊所事業者及び利用者から行った聞き取り調査や東京都福祉保健局が2003年に実施した 「宿泊所実態調査」及び厚生労働省が2009年に行った「社会福祉法第2条第3項に規定する 無料低額宿泊事業を行う施設の状況に関する調査」等から宿泊所の課題や求められる関与の 手法について分析を行う。
3.倫理的配慮本稿の執筆にあたっては、日本社会福祉学会が定める「研究倫理指針」が示す各条文に 抵触することはなく、調査結果発表時には、利用者からの聞き取り結果について地域や個人 が特定されないよう特段の配慮を行う。
4.研 究 結 果 厚生労働者の調査によれば、2009年6月末時点で、全国に「宿泊所」は439箇所あり、
そこに14,089人の利用者がいる。生活保護受給者は12,894人(91.5%)となっている。
「貧困ビジネス」との批判については、一部の悪質な事業者が法制度の隙間をついたことを
マスメディアが大きく報道していることや、いわゆる「無届事業者」による違法な行為が
社会福祉法に基づいて届出を行っている「無料低額宿泊所」と同次元で論じられており誤解
を招く論調になっている面もあることがわかった。
行政としても、悪質な宿泊所事業者に対しては、ガイドラインを制定することで、一定の
規制を実施している。しかしながら、「行政指導」の範囲で行っており、法的な強制力は
ない。また、「無届事業者」に対する規制は範囲外となってしまい、手をこまねいている
実態が明らかとなった。社会福祉法に罰則の規定はあるものの発動するためには証拠を積み
上げる作業があり現実的には困難な場合が多い。
厚生労働省の「検討チーム」については、元利用者からの証言、宿泊所事業者からの聞き
取り、自治体及び学識経験者等からのヒアリングを活発に行い短期間で5回に渡る会合が
開催されたが、いまだ結論は示されていない。その背景には、法規制を強化するだけでは、
却って無届の事業者が増えてしまうことから、「無料低額宿泊所」の規制だけではなく
「無届事業者」も規制する内容でなければ「貧困ビジネス」の解消に繋がらないということ
が考えられる。こうしたことから、一部の新聞報道によれば、「無届事業者」も対象とする
議員立法による新たな法規制も検討されているという。
他方で、良質な「宿泊所」の供給拡大という観点から、厚生労働省は「居宅生活移行支援
事業」を新規に立ち上げ全国で100か所程度、自立・就労を支援する職員を配置し利用者の
処遇向上に取り組んでいる「宿泊所」に対し財政支援を行う方針を発表した。
このように「宿泊所」に対して法規制と財政支援という政策により、悪質な事業者を排除
する一方、善意の事業者は支援するという仕組みが明確になりつつある。
いずれにしても、低所得のために居所を失い、自己決定権が制約された人が多く利用して
いる「宿泊所」の支援体制の向上を図るためにも今後は行政機関による積極的な関与を行う
ことで、支援制度の実効性が担保されなくてはならないと考える。