自由研究発表所得保障・公的扶助1  桜井 啓太

ワーキングプア化する生活保護「自立」世帯
 -P市生活保護廃止世帯の分析-

○ 堺市役所  桜井 啓太 (会員番号7765)
守口市役所  中村 又一 (会員番号3109)
キーワード: 《生活保護》 《自立支援プログラム》 《ワークフェア》

1.研 究 目 的

 近年、欧米の先進諸国を中心に広がる公的扶助受給者に対する就労圧力の高まりを 一般に「ワークフェア」と呼ぶ。ワークフェアは日本では「自立支援」という言葉とともに 社会福祉の様々な分野に取り入れられるようになった。生活保護分野では2005年度より 「生活保護自立支援プログラム」が策定・実施されており、就労支援としてハローワーク と福祉事務所の連携による自立支援プログラム等が実施されている。
 「自立支援」という言葉を通じてのワークフェア的な政策が貧困・低所得問題への対応 として主流化している一方で、公的扶助受給者が「自立」した際の所得水準や生活状況に ついては充分に研究がなされていない。「自立」へと至るためのプログラムは開発されて いても、肝心の「『自立』とはどういった状態・水準をあらわすのか」については論議が 深められぬまま現在に至っている。
 仮に「自立」を単に賃労働による「就労自立」に限定したとしてもなお、①「自立」とは どのような状態・水準を意味するのか(十分な収入を得ること、安定的な仕事に就くこと、 それとも単に福祉に依存していない状態を指すのか)、②「自立」を阻害している要因は 何なのか(個人の属性、周囲の環境、社会的な構造)、その上で、③「自立」を支援する こと(私たちの働きかけは何を(あるいは誰を)、どのような目的で、どのような場所へ 移動させているのか)自体について明らかにする必要がある。
 本研究では生活保護世帯の中から、就労によって生活保護が廃止となった世帯(=「自立」 世帯)に着目し、福祉離脱世帯の離脱時の所得水準・雇用条件について調査することで、 福祉から「自立」した彼らがどのような場所にいるのかについて一定の視座を得ることを 目的とする。

2.研究の視点および方法

 P福祉事務所において2006年度~2008年度の間に生活保護が廃止となった世帯の中で、 廃止理由が「働きによる収入の増加・取得」によるもの、いわゆる「就労自立世帯」を調査 対象とした(N=115世帯,世帯人員は延べ298人)。
 調査方法は、対象世帯の世帯構成・年齢・健康状態・学歴・就労状況等の基本属性項目、 就業者の職業・賃金・雇用条件、世帯の就労収入・就労外収入(社会保障費・仕送り等) の内訳といった各項目について調査票を作成し、個々の廃止世帯の生活保護廃止台帳から 研究目的に関わるデータのみを抜き出した。また世帯の「自立」に影響すると考えられる 14項目の「自立阻害要因」、19項目の「自立要因」を設定し同様にデータ化した。
 生活保護「自立」時の生活水準を明らかにするという目的から、今回の分析では「世帯の 所得水準」と「就業者の雇用条件」の2つに特に注目し、「所得水準」では国民生活基礎 調査(2007)、「保護基準倍率※」による比較を行い、「雇用条件」では就業構造基本調査 (2007)との比較分析を行った。

※保護基準倍率=(世帯総収入/生活保護基準額)。なお保護基準倍率の1.2~1.4倍を 「低所得・ワーキングプア水準」の指標とした(濱本2005、後藤2008)

3.倫理的配慮

 本調査の実施に際して、調査研究の目的及び趣旨、公表の仕方等についてP福祉事務所 と慎重に協議を重ねた。匿名化されたデータベースの形で情報収集を行い、調査結果は個人 を同定する情報を全て削除された形式で公表している。なおプライバシーに関わる事項に ついては、日本社会福祉学会研究倫理指針・大阪市立大学倫理綱領に準拠している。

4.研 究 結 果

①調査の基礎データ(N=115(世帯))
・ 廃止時世帯類型:高齢者世帯3(2.6%)、母子世帯38(33.0%)、障害者世帯9(7.8%)、 傷病者世帯33(28.7%)、その他世帯32(27.8%)。平均受給期間4.25年。
・ 世帯主属性:男性42人(36.5%)女性73人(63.5%)。平均年齢44歳。
②所得水準
・ 世帯所得:「P市調査(N=96(世帯))」平均値263.6万円。中央値239.2万円。
cf.国民生活基礎調査(2007) 平均値566.8万円。中央値451万円。
生活保護「自立」世帯の所得水準は一般世帯(平均)の47%程度。3割が年収200万円以下、 5割が250万円以下の水準であった。
・ 保護基準倍率:「P市調査」平均値1.23。中央値1.21。
調査世帯の49%が生活保護基準の1.2倍未満、73%が1.4倍未満というワーキングプア水準での 生活保護「自立」を果たしていた。
③雇用条件
・ 就業者の雇用形態:「P市調査(N=107(人))」正規就業者29.0% 非正規就業者71.0%。
cf.就業構造基本調査(2007,大阪府) 正規就業者61.3% 非正規就業者38.6%。
④考察 研究の結果、特に以下の2点が明らかになった。
・ ワーキングプア化する生活保護「自立」者の存在(Welfare to Working Poor)。
・ 保護自立後も他の社会保障給付に頼らざるを得ない生活保護「自立」世帯の窮状。

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