自由研究発表国際社会福祉4  島﨑 裕子

カンボジア農村の女性脆弱者にみる貧困脱却の可能性
 -持続的コミュニティケアと主体性の獲得への道-

○ 早稲田大学  島﨑 裕子 (会員番号7842)
キーワード: 《脆弱世帯》 《貧困脱却》 《主体性の獲得》

1.研 究 目 的

 本稿では2007年12月、カンボジア農村で行った実地調査に基づき、農村脆弱者層が いかに現存社会構造の中でつくり出された貧困から脱却し得るか、その可能性を探る。 これらネットワークグループを事例として、彼女らがどのような段階を踏み、NGO等第三者 の助けを得ながら、集団的自助努力によって、自らのアイデンティティを回復していくか、 またそれを通じて自立と主体性の獲得を進めていくか。本稿ではそのプロセス解明を目的 とする。東南アジアにおける貧困からの脱却の条件を検討することにより、日本国内に おける貧困問題を再考することにつながれば幸いである。

2.研究の視点および方法

 本研究は、社会構造の視点を取り入れた社会開発、および個人のWell-Beingの向上 の視点を主眼においた国際福祉の双方の視点を取り入れて分析を試みたものである。社会 開発と国際福祉という複合的視点を用いることにより、人間貧困を発生させる社会構造、 それによって脆弱者、個人が置かれている実態をより多面的に分析することが可能になる と考えられる。
 本調査は、北部A州農村D村において、農村脆弱者層計43世帯を対象として行った。その 内訳は、母子世帯14、女性単身世帯2、世帯内暴力が発生している世帯2、HIV陽性女性世帯12、 土地なし世帯9、孤児世帯4である。聞き取り対象者らは全員女性で共通のネットワーク グループに所属し、貧困克服を計っている。これら脆弱者層はいずれも、伝統的家父長制的 コミュニティ内部で客体化された存在であるという共通点を持ち、いずれも経済的な窮乏、 生命維持の困難にさらされている。筆者はこれら地域で人身売買被害者世帯の実地調査を 行ったが、その過程でこれら農村脆弱者層が容易に、人身売買被害者世帯へと転化する世帯 であることを知った※。だが同時に、これら脆弱者層の間で、集団的な自立更生の試みが 始まっていることを知った。
 全ての現地聞き取り調査は、聞き取り者と対象者との個人インタビューで、聞き取りは、 半構造化面接を用いた。一般的データの収集には、調査内容に対する状況をより把握して いるキー・インフォーマントを選定した。

※「カンボジア農村にみる脆弱世帯の動態―人身売買との関連で―」『アジア太平洋研究科 論集』第17号早稲田大学アジア太平洋研究科2009年4月303頁~324頁、「カンボジア女性・ 女児の人身売買被害者の世帯内事例考察-供給要因の分析-」『アジア女性研究』第17号 財団法人アジア女性交流・研究フォーラム、2008年3月42頁~52頁。

3.倫理的配慮

 同調査を実施するにあたり、調査対象者への聞き取り調査は、同調査の目的・用途を 説明し、聞き取り対象者の同意の上で、精神状態などを把握している支援NGO、集落内の 村長の協力のもと有意抽出法を用いて選定した。DV被害者や世帯内に人身売買被害者がいる 対象者に対しては、世界保健機関(World Health Organization: WHO)から出されている 「倫理と安全に関する提言」を基礎に面接を行なった。

4.研 究 結 果

 上記の調査対象者は多くの場合、孤立、分断された状況にあった。彼女らの人権剥奪 (human deprivation)状況、つまり彼女らにもたらされている貧困はこのような社会環境内 において客体化された状況に発していた。D村での発見は個々では孤立している貧困者が、 集団ネットワークに加わることによって、自己変化のきっかけをつかむことが出来るという ことである。その場合に、第三者の介入が重要であることを、本調査では発見した。
 第三者(NGO)の介入によるネットワーク形成を通じて、脆弱者に変化の段階が見受け られた。それは第一に自己意識の始まり、第二に自尊心の芽生え、第三に外部環境の相対化 と可能性の拡大、第四に他者の置かれた状況の理解、他者の直面する問題への共感であり、 第五に脆弱者同士の結束がもたらされた。同じ状況に置かれている脆弱者同士の共感と結束 は、社会的な力を生み出すことになる。このような社会的な力が、地域社会内部の強者―弱者 の力関係を変えていくことにつながるし、文化環境(脆弱者=客体)という自分自身の先入観、 世界認識を変えていくことにもつながる。
 以上が、調査から明らかになった、客体化されていた脆弱者がいかに主体性を獲得し、 社会環境の変化を導き得るかについてのプロセスである。脆弱者という、自分ではどうする ことも出来ない状況におかれている者が、いくつかの段階を経過することによって、社会 の客体から主体へと転換し、既存の社会環境を変化させるに至ることが可能になる。
 客体化された者たちの自己変革を通じて、地域社会自体も、以前の統制的・抑圧的コミュニティ から、より水平的民主的な形に変化し得る。これはまさに持続的なコミュニティケアの在り方 といえよう。今の社会構造内でこのように脆弱者層が主体性を獲得することが貧困を主体的 に解消し、より平和的かつ民主的な方向へと地域社会を変化させていくことを意味する。 脆弱者層の聞き取り調査を通じて、以上のような貧困克服、地域における積極的平和形成の 過程を、脆弱者の自立、人権の獲得そのためのNGO等の支え、これらによる社会環境の変化 として示すことが可能であるといえよう。そして、このような南の国の貧困からの脱却の 可能性は、日本国内における貧困問題への提言にも通ずるものがあるといえよう。

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