自由研究発表国際社会福祉4  正野 良幸

イギリスの高齢者ケア政策
 -コミュニティケア改革のその後・A市の事例を通じて-

○ 同朋大学  正野 良幸 (会員番号6206)
キーワード: 《パートナーシップ》 《住民参画》 《LAA》

1.研 究 目 的

 日本では現在、医療と福祉の連携が掲げられ、患者や利用者が病院から在宅で生活 できるように様々な取り組みがなされている。しかし、2000年開始の介護保険制度は、 介護の社会化を目指して創設されたが、多くの問題が浮上している。例えば、介護施設の 不足により施設サービスを受けることができない待機高齢者数の増加や地方自治体の財政 赤字、サービス保険料の値上がりや1割負担等の問題が挙げられる。このような日本の状況 の改善を図るために、イギリスのA市における高齢者政策の事例を挙げながら、今後の日本 への示唆とすることが目的である。

2.研究の視点および方法

 イギリスのA市は、国が地方自治体の行うサービスを評価するシステムにより、2008 年度に四ツ星カウンシルとして高い評価がされた。これは、一ツ星~四ツ星までのランク 付けを行うものであり、星の数が多いほど評価が高くなるものである。また、部門別では、 ソーシャル・ケア(Adult)は四ツ星、児童サービス、住宅サービス等は、三ツ星の評価と なっている。
 国のA市への評価は高く、住民参画型によるサービス供給方式を実施してきた。A市は、 イギリス国内で極めて高い評価を受けており、先進事例扱いとなっている。しかし、高齢化 の現状や健康格差の問題が深刻であり、国内でも注目されている。
 今回の研究では、準市場の確立を目指したコミュニティケア改革のその後、つまりブレア 労働党政権下の高齢者ケア政策を検証する。準市場の成果はサービス拡大で確認できる ものの、格差を助長しかねないコミュニティケア改革は問題をはらんでいた。そこで、 準市場政策を継承したブレア政権は、格差是正や住民参画に乗り出す。この新たなアプローチ がどのような効果をもたらしつつあるかを、A市の事例を通じて考察したい。
 研究方法としては、2008年9月にイギリスのA市を訪れ、A市のHealth and Social Care Trustの担当者からのヒアリング調査および入手した資料をもとに作成している。また、 インターネットの資料より補足をしている。質問内容としては、①A市における高齢者ケア のサービス提供、②高齢者に関する予算作成および財源の流れ、③高齢者ケアサービスに 対する評価体制、④Local Area Agreement(LAA)から見た高齢者政策、⑤LAAにおけるアウト カムおよび財源額について等の質問を行った。

3.倫理的配慮

 イギリスでは、国が地方自治体のサービスを評価するシステムがあり、ランク付けが 実施されている。事例に取り上げたA市も評価対象の自治体である。A市は、ネイバーフッド・ レベルにおいて地域格差が現れているため、自治体を特定できないようにアルファベット の記載にて配慮した。また、ヒアリング調査内容や入手資料の情報活用については、担当者 から許可をいただいている。

4.研 究 結 果

① イギリスでは、サッチャー保守党政権下において高齢者ケアの市場化が進められた。 その結果、地方自治体が民間事業者のサービスを購入する「準市場」のメカニズムが導入 された。しかし、準市場では地方自治体の財源不足や競争原理が導入されたため、サービス の質の低下や格差が問題とされた。
② ブレア労働党政権下では、高齢者ケアについては民営化路線による継承が見られた。 しかし、多額の予算を医療や福祉に投入し、サッチャー保守党政権下で生じた問題の是正 を図っている。また、行政と民間部門、NPOやボランタリー・セクター等とのパートナー シップを強調し、住民参画を交えた高齢者ケアを推進している。
③ A市の高齢者ケアは、国から要求されるアウトカムに対しパートナーシップを結び、 十分な予算を用いて実施している。そのため、サービス供給システムは国が要請する 「パートナーシップ・ワーキング」を履行している。また、サービスのニーズは、高齢者 本人や家族等の住民を交えて決定され、住民のニーズに即したサービス提供が行われて いることから、A市のサービス供給は「住民参画型サービス供給方式」と言えるであろう。
④ このような国と地方の関係から、A市は地方自治体評価において四ツ星評価を受けて 高い評価を得ていると考えられる。
⑤ ただ、ネイバーフッド・レベルにおいては、地域格差の問題が発生し、平均寿命や健康 格差に影響している。これに対し、LAAによりアウトカムが設定され、地元のパートナー シップが主体となり、NRFの財源を用いて健康格差縮小に向けた取り組みが実施されている。
 今回事例に挙げたA市では、パートナーシップの強調や「住民参画型サービス供給方式」 がとられ、準市場の欠陥を補完している。今後の動向をもう少し見ていく必要があるが、 高齢者ケアの供給システムや健康格差縮小に向けたLAAの取り組みは評価できるであろう。 日本では現在、格差社会が広がっており、地域間における健康格差も深刻な問題となって きている。住民が主体となり必要なサービスを決定できる仕組みや健康格差縮小に向けた LAAの取り組みは、今後の日本の福祉を考えていく上での示唆となるのではないだろうか。

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