ニュージーランドのソーシャルワーク教育における利用者理解のあり方
-自らの経験からの振り返りを通して-
○ 鴻池生活科学専門学校 多田 千治 (会員番号3064)
キーワード: 《消費者》 《エスノグラフィー》 《受容》
わが国においては、最近、看護や介護の分野において、フィリピンやインドネシア等
からの外国人労働者の受け入れが展開され、介護については、介護福祉士候補生としての
身分が位置づけられている。2010年5月には、看護師の国家試験における外国人の合格に
ついての公表があり、2人のインドネシア人と1人のフィリピン人が、EPA(経済関連協定)
の下、日本の病院での実務経験をした後に日本の看護師資格の国家試験に合格したとされて
いる。彼らは2008年度に着手されたEPA関連のプロジェクトの下で日本に訪れた370人の外国人
看護師のうちの3人であり、日本人看護師の監督の下で日本語の訓練を受け、実務経験を
積んだ後に看護師試験に合格することを望んでいる。2009年には、82人の外国人看護師が
試験を受けたが、全員が不合格だった。厚生労働省によれば、今年は、254人の外国人看護師
が試験に応募し、前述した2人のインドネシア人と1人のフィリピン人が合格したのである。
しかし、割合としては、全体の1.2%に過ぎないのである。EPAの下で来日する外国人看護師
は、自国の看護師資格を有していなければならない。語学の訓練を受けた後、彼らは日本の
病院で看護助手として働いている間に看護師試験に合格しようとするのである。彼らにとって
は、来日中の3年間以内で試験に合格しなければならない。2008年度に来日した外国人に
とって、来年の試験は日本で看護師としての資格を得る最後の機会となるのである。日本経済
新聞2009年6月6日朝刊において公表された日本大学大学院塚田典子氏によって実施された特別
養護老人ホームなどの介護施設の施設長を対象にした調査によると、外国人介護福祉士候補
を「積極的に採用する」とする回答が12%で、「他の選択肢がなければ採用する」とする
回答が56%であり、採用するという回答が全体の約7割に上っている。現在、介護福祉士の
合格率は、まだ公表されていないが、介護福祉士の場合も、3年間での合格が求められる。
それができないと、自分の国に帰るのである。我が国において、介護や医療の人材を外国人
に頼らざるを得ない深刻な人手不足の事態である中で、自分と異なる文化を援助者が身に
つけ、それを実践に結びつける取り組みが求められているのである。そして、今後の援助者
と利用者の関係の構築を考える上で、異なる文化をどのように理解し、それを援助内容に
反映させるのかということが大きな課題となるのである。
今回、自らのニュージーランドのソーシャルワークを学んだ経験を振り返り、ニュージー
ランドのソーシャルワーク教育における利用者理解の枠組みやそれを支える制度が示す特徴
を示し、今後のわが国におけるソーシャルワーク教育への示唆を示したい。
・ ニュージーランドのソーシャルワーク教育の内容についても言及し、利用者理解の
特徴を明らかにする。
・ ニュージーランドにおける保健・障害に関する消費者の権利規約の内容について説明
し、権利擁護のあり方について明らかにする。
・ エスノグラフィーを用いたインタビューにおいては、クライエントに関するプライバシー
(イニシャルによる氏名表記等)の配慮に努める。
・ 本発表に関する資料については、引用に関する記述を正確に行い、原著者名・文献・
出版社・出版年や引用箇所等を明示する。
・ 引用については、原典主義を徹底するように努める。
ニュージーランドで受けた教育の中で、私は、biculturalismという考え方に感銘を
受けた。この思想は、人間が生まれながらに持っている文化は、尊重されるべきであり、
文化的な違いを理由とするのみで、他の人から差別や不当な扱いを受けないという考え方
である。そして、権利規約の中では、コミュニケーションという項目では、必要ならば、
通訳が利用可能であるべきであるという項目がある。さらに、情報という項目においては、
インフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスに関連する思想も含まれている。
今回、取り上げたニュージーランドにおける保健・障害サービスに関する消費者の権利規約
は、10個の項目から成立している。その中では、苦情は、サービスを改善するのに役立つ
という思想があり、消費者としての国民が持つ権利としても位置づけられていた。
さらに、エスノグラフィー(民俗学)的視点を用いたインタビューを実践した。それは、
出身地が異なるという設定の下で、援助者と利用者という役割でのロールプレーを通じて、
学生の気づきや考えをお互いに語り合う取り組みである。その中では、単に、ロールプレー
をするだけではなく、食事や言葉や習慣や笑い等の違いに注目し、自分が援助者として
外国人の利用者と関わった場合を想定し、その振り返りも行っていたのである。つまり、
援助者にとっては、文化的側面に理解を示すことも利用者に対する受容の1つの手段と考え
られているのであり、この点が、日本との違いである。一方で、2025年以降、ニュージー
ランドにおいては、日本人を含めたアジア系の移民の人口が、マオリの人口を上回るという
予測もなされており、元来のbiculturalism という考え方にも限界を生じている。
今回の研究を通して、クライエントにおける情報に関する弱さと文化的な弱さをどのように
防ぐかという思想についての取り組みが、ニュージーランドにおけるソーシャルワーク
教育の特徴であると考える。そして、エスノグラフィーという視点は、教育機関だけでなく、
現場の施設や病院における利用者理解についても有効であり、この点は、今後のわが国の
ソーシャルワーク教育のあり方に対する大きな示唆が含まれていると私は考察する。