自由研究発表国際社会福祉2  伊藤 正子

外国人労働者の労働災害に関する研究
 -労働安全衛生センターの相談記録調査から-

○ 法政大学  伊藤 正子 (会員番号4779)
キーワード: 《外国人労働者》 《労働災害》 《医療福祉》

1.研 究 目 的

 外国人労働者を受け入れる企業は、いわゆる3Kとよばれる職種で日本人の確保が 困難であったり、国際的な価格競争にさらされ低賃金労働を確保しなければならない中小・ 零細企業が多い。これらの業種における労働は「未熟練・非熟練」労働とよばれているが、 受け入れ企業の安全対策、安全教育が十分になされないなかで、多くの外国人が被災して きており、雇用主の労災隠しや社会保険の未加入などにより、十分に医療にかかれなかっ たり、解雇や治療のための医療費負担によって生活が困窮する人が少なくなかった。
 1990年代半ば、特に2000年以降の「不法残留・不法就労者」に対する取り締まり強化の 結果、その数はピーク時の約290万人(1994年)から約9万人(2010年)へと激減したと されている(法務省入国管理局統計)が、他方では、外国人研修制度における研修・技能 実習生が急増し、時間外労働、最低賃金法違反、保証金・違約金による身柄拘束等々の人権 侵害や事件も多発している。同制度は非熟練労働者を受け入れるための制度であるとの批判 もあり、外国人労働者をめぐる労働・生活環境は改善されているとは言い難い。
 生産年齢人口が減少する日本において、受け入れ形態が変容することはあっても、今後も 外国人労働者への依存は増すことは予想され、社会保障(労災補償)費の負担軽減と外国人 労働者の労働生活問題の改善のためにも、労災の予防と発生後の支援体制の構築が必要 となる。そのためには労働災害の実態把握が不可欠であるが、この領域における研究は未だ 十分だとはいえない。本研究はまず外国人労働者の労災実態を明らかにし、医療福祉の観点 から被災外国人の生活問題を理解し、支援を検討する資料を得ることを目的とする。

2.研究の視点および方法

 外国人労災についての報告は、『不法就労外国人に対する労災補償状況について』 (労働省労働基準局:2004年に廃止)、『外国人労働者の労災白書』(1991年版、1992年版、 全国労働安全衛生センター連絡会議編)などがあるが、その後の推移がまとめられている ものはほとんどない。本研究では上記労災白書以降の相談記録を分析し、バブル期以降に 多発した労災問題と比較してどのような特徴や変化があるのかを検討することとした。
 調査は、過去の相談記録が保管されていた特定非営利活動法人東京労働安全衛生センター のデータを対象とした。東京労働安全衛生センターとは、被災労働者の相談活動と労災 職業病根絶のための運動を行っている団体である。同ビル内に診療所を併設しており、 一般の労災相談の他、特に医療が必要なケースの支援も行い、また地域の企業に対する 安全衛生教育等も行い、労働環境改善のための活動を継続している。
 本調査では、外国人労災相談のなかの特に医療問題に関わる事例について着目し分析を 行った。調査方法は、2007年4月~2008年9月までの1年半にかけて東京労働安全衛生センター に通い、1991年12月~2006年1月分の相談記録について、①性別②年齢③入国年月日 ④滞在資格⑤業種・職種⑥入社してから受傷するまでの期間⑦災害の発生状況⑧傷病内容 ⑨相談内容⑩結果の10項目を転記し統計的処理を行った。

3.倫理的配慮

 本学会の「研究倫理指針」に従い、調査実施について当該団体からの事前承諾を得、 調査結果は統計処理によって個人データが特定されないように処理を行った。

4.研 究 結 果

 調査結果の要旨は、以下の通りである。
1)労働災害発生の業種別では製造業が最も多く、次いで建設業、運輸業となっており、 ほとんどが従業員10人以内、あるいは5人程度の小さな企業規模であった。
2)被災者はほとんどが在留資格のない超過滞在であったが、定住者等の在留資格を得ている 人も微増傾向にあった。国籍別では南アジアが約7割を占めており、東アジア、東南アジア が多い法務省統計とは異なる構成となっていた。
3)災害発生状況は、機械操作中の巻き込まれ・挟まれ、高所作業中の墜落・転落等が 多く、傷病の性質別分類では四肢切断、骨折等の職業性外傷、災害性・非災害性腰痛、 頚肩腕症候群等の筋・骨格系疾患、有害作業による呼吸器疾患などが目立っていたが、 雇用主や同僚からのパワーハラスメントによる精神不安や、発症までに長年の曝露期間が 前提となるじん肺が外国人労働者にも発生していることが認められたことは看過できない。
4)災害発生の要因は、安全設備、安全装備の不備、安全教育の不足、雇用主に強要されて の無理な作業、未熟練などがうかがえた。特に注目すべきことは、入社してから災害が 発生するまでの期間が極端に短いことであり、入社当日に死亡事故に至った事例もあった。
5)労災認定においては、非合法滞在者であることの前に労災申請が優先される点において は、特に後退している様子はうかがえなかった。他方、取り締まり強化の影響のためか、 被災後摘発を受け、逮捕・収容される、あるいは帰国する事例が目立った。
 全体として相談数は減少していることが確認されたが、バブル期以降に多発した労災問題 と比較したとき、その業種、災害発生の状況、会社側の対応等に大きな変化は見られなかった。 労災の発生には、労働環境のみならず、労働者の心身状態、語学力、労働安全に対する意識 なども関係すると考えられる。今後はこの視点を入れての研究が課題である。
 なお、本研究は、平成18-20年度科学研究費補助金(若手研究B)(研究課題番号:18730362) の助成を受けて実施した。

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