自由研究発表国際社会福祉2  兪 秀娟

中国における福祉専門職の養成教育の現状に関する研究

○ 大阪市立大学博士後期課程  兪 秀娟 (会員番号7555)
大阪市立大学院  岡田 進一 (会員番号1746)
大阪市立大学院  白澤 政和 (会員番号769)
キーワード: 《ソーシャルワーク教育》 《専門教育》 《「社会工作師(日本では、社会福祉士)」国家資格》

1.研 究 目 的

 中国では、1978年から急激な経済体制の転換に伴い、多様な社会問題が生じ、更に 深刻化しつつある。そして、複雑な社会問題の対応に苦慮している中国では、伝統的な 実践知のみを基盤とした支援ではなく、より専門的な支援が必要となり、福祉専門職人材 の養成が急務であると認識されている。そして、専門的な人材の量的確保と同時に質的 向上も不可欠であるため、大学のソーシャルワーク教育を中心とした福祉人材の養成が 非常に重要な課題である。しかし、現在、中国のソーシャルワーク教育においては、 さまざまな課題を抱えている。また、専門教育を受けた卒業生の現場での就職率が低い という現状もある。先行研究において中国のソーシャルワーク教育の現状と課題についての 指摘は、根本的な解決につながるものではなく、また、その解決へ向けての具体的な案を 示す研究もあまり多くない。そこで、本研究では、中国のソーシャルワーク教育の現状を 踏まえ、大学教育の課題について具体的な指摘をしたい。本研究は、今後、日・中など 東アジア諸国の福祉専門職の養成に関する国際比較研究のための基礎資料となると考えられる。

2.研究の視点および方法

 中国における福祉人材の養成教育の現状について、文献研究を行い、その研究結果 に基づいて、大学教育の課題を明らかにするため、大学教員を中心とした約1時間の半構造化 面接調査を行い、その結果を分類した。調査期間は、2009年7月13日から2009年8月1日まで であった。調査対象者について、①最もモデル校として認められるA・B・Cの3大学に所属 する常勤である教員で、②5年以上の専門教育の経験があることを条件とした。また、その 補足資料として、ソーシャルワーク教育の経験が5年以上持ち、D省の民政庁の社会工作処 の処長1名をも調査の対象とした。回答者の回答については、一定の信頼性(credibility) があると判断した。

3.倫理的配慮

 調査協力者に対して、研究の趣旨を説明し、了解を得てインタビューを行った。 また、プライバシー保護のための工夫を行い、個人が特定できないように内容を精査して 倫理上の配慮を行った。

4.研 究 結 果

1)国家資格の取得の現状およびソーシャルワーク専攻の開設の現状について
 中国では、2006年の一連の法律の公布に基づき、2008年に「準社会工作師・社会工作師」 国家資格試験を行った。その結果、20,086名の準社会工作師と4,105名の社会工作師が誕生 した。また、2009年の「準社会工作師」試験合格者は7,173名、「社会工作師」試験の合格者 は4,313名であった。今後、更に専門職化の推進のために、全国において民政部門の従事者 40万人、社区レベルの40万以上、基層の民政助理員・民政幹部5万人を合わせて、約85万人 は国家資格試験の対象となると予測されている。一方、1999年から全国において総合大学化 に伴う社会福祉の従事者養成機関の数や規模が急速に拡大され、この約10年間に8倍に膨れ 上がる状況となっている。その数値は、大学224、短大32、それに加えて、修士課程32、 博士課程10に及び、年間約10,000人の卒業生を送り出している。また、全国の4年制大学で 統一されたカリキュラムについて、日本の福祉教育と類似し、社会政策論、ソーシャル ワークの方法論などの11の専門必修科目が取り上げられた。専門選択科目は、中国の社会 問題に応じて援助対象別や領域別に基づく13の科目より構成されているが、それに関わる カリキュラムが未だに完成されていない現状にある。
2)大学におけるソーシャルワーク教育の課題について
 ①大学教育の専門性の向上に関する課題
 中国のソーシャルワーク教育の歴史が浅いため、その専門性の向上に関する課題は、 「複雑な専攻設置背景」、「教育目標の不明確性」、「大学教員の専門性不足」、 「実習指導者の専門性不足」、「実習の質の未確保」、「教育と実践との乖離」、 「目指されている国家資格のステイタスの未確立」より構成されている。そのことを 具体的に述べると以下のようになる。
 1】専門職化が急速に推進された結果により、一部の専攻の学生が集まらない大学の 生き残り策としての専攻設置と、教育審査機関による一方的に専攻設置を推進すること などの負の専攻設置背景が指摘された。
 2】養成校の急増などを背景にし、外国から専門知識・理論などの直輸入と教員の量的 不足などが課題とされた。また、教員の専門領域であるが、ほとんどが歴史学・心理学・ 社会学などの分野からの教員である。社会福祉学を専攻した教員が極めて少ない。さらに、 教員の専門性について、概ね「知識あり(海外や香港・台湾での知識学習)+実践なし」と、 「あまり知識なし(ある程度独学)+実践なし」のパターンであり、「知識あり+実践あり」 の教員が少なく、教員間の大きな格差も生じている。
 3】実習現場において学生の非自覚的で受け身的な実習や実習中の雑用などの非専門的な 行動を強化する実習で、実習生の即戦力の養成が困難だと指摘された。また、実習先の 実習指導者は実習生を手伝いと捉えており、実践から理論化やスーパービジョンを行う 能力の欠如が指摘された。
 以上のような現状において、大学における教育目標が明確になっておらず、教育と実践 との乖離が生じ、国家資格試験の実践志向性も弱いことが本研究の結果から伺える。
 ②ソーシャルワークの職域の確保に関する課題
 卒業生の就職難といった職場の確保に関する課題について、「ソーシャルワーカーを 受け入れる専門機関があまり整備されていないこと」、「専門教育を受けたとしても、 教育分野での非現実な求人要件を満たすことができない」、「民政機関での公務員職場と 旧来国有事業の旧体制の維持」、「民営福祉施設における就職の実態と卒業生のエリート 意識とのずれが生じること」、「他の関連職場での公務員職場とリーダー側のソーシャル ワークに対する意識の低さ」などの原因が考えられる。就職先がないことは、更に卒業生 の専門知識を実践するチャンスを失い、専門職養成の意義が失われつつある。
 そのため、福祉系の大学生はソーシャルワーカーの役割に対する認識があまり高くない ことが予測できる。今後、中国の福祉職の養成教育の質を向上させるために、教員や現職者 に対する研修制度の充実、現場の実践者による実践の理論化、研究者と実践者との協力に よる実践の言語化、理論化などを行い、現場で活躍できる人材育成が急がれる。また、 卒業生の実践能力を保証するために、教育機関が実習教育にエビデンス・べーストの視点を 組み込むことが重要で、さらに、社会工作師の専門性の向上のためには、資格と、①地位、 ②処遇、③職務内容の3つに対する対応が必要であると考える。

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