異文化を背景に持つ子どもたちのDV被害に関する考察
-外国人母とともにDVから避難した子どもたちへの支援を中心に-
○ 新潟医療福祉大学 寺田 貴美代 (会員番号4604)
キーワード: 《ドメスティック・バイオレンス(DV)》 《文化的被害》 《異文化を背景に持つ子ども》
未婚化が進展し,日本社会全体としては婚姻件数が減少傾向にある中で,日本人と
外国人の婚姻関係,いわゆる国際結婚は増加傾向にある.厚生労働省の平成20年人口動態
統計によれば,婚姻数全体の約20組に1組が国際結婚であり,その約8割を占めているのが
日本人男性と外国人女性による婚姻である.このような状況を反映し,配偶者や恋人など
親密な関係にある,あるいはあった者から振るわれる暴力(以下,「DV」と表記する)
による被害が日本人男性と外国人女性との間においても増加している.
報告者は昨年度の大会報告において,外国人が受けやすいDV被害には法的地位を利用
した暴力や文化的暴力など,日本人のDV被害とは異なる特徴があることを報告し,外国人
被害者の実状へ配慮した支援の提供が不可欠であることを指摘した.この調査研究の進展
に伴い,DV被害者である外国人母に連れられて,ともにシェルターなどに避難する子ども
が急増していることが明らかとなり,そのような子どもたちもまた,DVからの多大な影響
を受けていることが判明した.そこで本研究では,DVがその家庭で育つ子どもに与える
影響に関する先行研究を整理した上で,特に異文化を背景に持つ子どもたちが受ける被害
の特徴をまとめ,支援のあり方を考察する.なお,国際結婚による親から生まれた子どもは
日本国籍を取得するケースも少なくないが,子どもの国籍が日本国籍であるか外国国籍で
あるかに限らず,それぞれ困難に直面していることを踏まえ,本研究では子どもの国籍に
よって対象を限定するのではなく,「異文化を背景に持つ子ども」として捉え,そのような
子どもたちが受けるDV被害への対応を検討する.
DV被害者の外国人母子を積極的に受け入れている母子生活支援施設Aにて,2002~
10年の9年間にわたって実施した参与観察および全常勤職員を対象とする聞き取り調査の
結果をもとに報告する.対象とした母子生活支援施設Aは社会福祉法人が運営する民間
施設であり,行政からの委託による緊急一時保護事業や放課後児童育成事業もあわせて
実施している.そのため,DVから避難した外国人母とその子どもたちに関して,緊急
避難から施設退所後のアフターケアまでという一連の支援展開の中で把握することが可能
となった.
本研究は,報告者が所属する大学内の倫理委員会において審査され,倫理的問題が ないと認められた上で実施している.また,「日本社会福祉学会研究倫理指針」に従う ことにより,人権を保護し法令等を遵守している.さらに以下の点に留意し,研究を遂行 している.1.被調査対象者のケーススタディによる研究成果の発表は行わないことにより, 個人の機密に配慮し,その匿名性を確保する.2.個人を識別しうる情報を研究の成果 発表にて扱わず,個人情報の保護・管理を行う.3.調査に際しては事前に対象者に協力 依頼をし,対象者からの同意等の必要な手続きを経た上でのみ実施する.
4.研 究 結 果 DVのある家庭環境で育つ子どもたちは保護者から虐待を受けやすい傾向があるなど,
DVによる直接的被害が先行研究によって指摘されている上,「児童虐待の防止等に関する
法律」にてDVの目撃が児童虐待に含まれているように,DVからの間接的被害も,近年の
研究によって明らかとなっている.
このような中,異文化を背景に持つ子どもたちがDVに晒された場合に顕著な被害には,
深刻な文化的被害があり,そこから長期的に影響が生じる心理的被害がある.例えば外国人
母の文化を低位に位置付ける家庭環境で育った子どもは,母親の文化や民族性に否定的な
感情を持ちやすく,また,そのような母親から受け継いだ自分自身の文化的背景に負の評価
を与えることが少なくない.さらに,DVからの避難後の生活でも,DV関係において弱者
であった母親が言語・文化面でも社会的弱者であるという現実が母親への不信感を増幅させ
たり,子ども自身の自己評価を極端に低下させたりするなど母子関係を不安定にしている.
特に日本語が苦手な母親の場合には問題が先鋭化しやすく,母子間で言語的コミュニケーション
による意志疎通が困難となる事態さえ生じている.母子間の文化的断絶はアイデンティティ
形成の核となる母文化を継承する機会を子どもから剥奪する上,学齢期には外見上の特徴や
文化的差異に基づくいじめなどの体験も加わることにより,母親や子ども自身が有する文化的
背景への負の感情や歪んだ認識が一層強化される.このように子どもたちの文化的被害および
心理的被害からの回復は容易ではなく,長期にわたって影響が存続することになる.
したがって,異文化を背景に持つ子どもたちのDV被害に対しては長期的観点に基づく
支援が不可欠であり,DVのある家庭環境から逃れた後も複数の要因が複層的に絡み合って
惹起する問題の構造を理解する必要がある.そして,特に文化的側面への十分な配慮に
基づく支援提供が極めて重要であることが明らかとなった.なお,本研究は科学研究費補助金
「外国人ドメスティック・バイオレンス(DV)被害者の実態把握と支援プログラムの構築」
(若手B)による研究成果の一部である.