自由研究発表地域福祉3  林 孝之

一人暮らし高齢者が地域住民とのソーシャル・ネットワークを構築する過程
 -A市B地区サロン参加者・運営者聞き取り調査から-

○ 北星学園大学大学院社会福祉学研究科社会福祉学専攻博士後期課程  
林 孝之 (会員番号7576)
キーワード: 《一人暮らし高齢者》 《サロン》 《ソーシャル・ネットワーク》

1.研 究 目 的

本研究は事例から,一人暮らし高齢者がサロンに参加し,地域住民とのソーシャル・ ネットワークを構築する過程を明らかにすることを目的とする.
  ソーシャル・ネットワークを,ソーシャルサポートの源泉となる社会関係という意味で 用いる.ソーシャル・ネットワークは性や年齢,家族構成などの属性により異なるといわれて いる(笹谷2003).一人暮らし高齢者は,他の世帯類型と比べ近所とのつながりがない方の割合 が高い傾向がある(内閣府2008).しかし一人暮らし高齢者は,相談や手助けだけではなく, 心身急変や災害時の対応など,身近な人からの支援がなければ生命にかかわる困難を生じる ことがあるため,地域住民とのソーシャル・ネットワーク構築は急務である.地域住民間の ソーシャル・ネットワーク構築にかかわる実践にサロンがある.サロンは身近な地域において 住民が交流する場である.(高橋1991:180).サロン参加により近所の人との交流が増えた とする報告(高野2007)があることから,本研究も注目する.しかし,一人暮らし高齢者が サロンへ参加する経緯と,ネットワーク構築に至る過程については不明である.本研究は, 事例における限定的な範囲であるが,それらの過程を明らかにすることができる.また,事例 を評価することで実践の継続を応援し,他の地域へ波及することも期待できる.

【文献】 内閣府(2008)「高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査」.
笹谷春美(2003)「日本の高齢者のソーシャル・ネットワークとサポート・ネットワーク :
   文献的考察 」『北海道教育大学紀要』54(1),61-76.
高野和良(2007)「高齢者の社会参加と住民組織 : ふれあい・いきいきサロン活動に
  注目して 」『山口県立大学大学院論集』8, 129-137.
高橋秀元(1991)「寄合と会所 日本型クラブとサロンをめぐって」,松岡正剛ほか 編
  (1991)「クラブとサロン ― なぜ人びとは集うのか」NTT 出版.
 
 
 
 
 
 
2.研究の視点および方法

大都市近郊A市B地区のサロンに参加する高齢者7人(うち一人暮らし4人),サロン運営者 3人.Bは昭和30年代に開発されたニュータウンである.現在,高齢化率約36%,一人暮らし 高齢者の孤立死が問題である.自治会を中心に孤立予防のためのつながりづくりが実施されて おり,その代表的な活動がサロンである.サロンは平成19年に開所し,ほぼ年中無休で運営する. その先進性により行政をはじめ全国の実践者・研究者から注目され,視察や取材の訪問が 絶えない.筆者は,別の地域のニュータウンで,高齢者の閉じこもり予防や地域住民との支え 合いづくりを推進する仕事をしている.筆者の地域もB 地区と同じ課題を抱えており,B地区 自治会長に調査をさせていただきたいと依頼したところ,快諾された.
  調査対象者に,サロン参加経緯とサロン参加後の地域住民との関係について半構造化面接 を実施しデータを収集している(平成22年4月~9月,5日間の予定).対象者の語りは許可を 得てフィールドノートに記録し,同時に録音している.分析は修正版グラウンテッド・ セオリー・アプローチ(以下M-GTA)を採用した.対象をB地区サロン参加者・運営者に限定し, 運営者や他の参加者との相互作用の中にいる一人暮らし高齢者の語りから,ソーシャル・ ネットワーク構築過程をとらえるためである.また,一人暮らし以外の高齢者や,運営者の話 も聞き取り,一人暮らし高齢者のそれと比較しながら概念生成の作業を進めている.

3.倫理的配慮

調査を始める前に対象者に対し質問の内容,および個人情報を匿名化した上で学会報告 や地域実践構築資料への使用,面接内容を録音すること,データは研究者のみが管理すること, 分析終了後音声,逐語録は破棄することについて書面にて説明し同意を得たうえで実施した. 本研究で示す事例は結果に影響がない範囲で一部改変し,個人の特定を防いだ.

4.研 究 結 果

本調査は平成22年9月迄実施するため.分析結果および考察は発表時に示す.
  平成22年6月1日時点において,本研究は一人暮らし高齢者が地域住民との.ソーシャル・ ネットワークを構築する過程の中の重要な概念として『誘いの糸』を生成した.これは, 「自治会や民生委員,ボランティアなど運営者からのささやかな誘い」と定義した.『誘い の糸』の具体例として,「2年前に自治会の役員さんから聞いていていってみようかと思った けれど,知っている人がいないから一歩が踏み出せない」,「民生委員にこんなのあるよと 言われて,サロンの前を通って,窓をのぞいたらいなくて,いないのかと思ってやめた」, 「民生委員がいっていたサロンってここなんだ,と横を通りかかって窓を覗くと,親切そうな 世話人が手招きしてくれた」がある.
  「サロンは新聞で知っていたけれど,娘と一緒に住んでいるから孤立死しない,関係ない」 というデータから,『誘いの糸』は一人暮らしの方に作用するのではないかと考えられる. 『誘いの糸』には,自治会役員からの誘い,民生委員の紹介といった言葉によるものだけ ではなく,手招きなどの態度も含まれるようである.『誘いの糸』はそれ自体細く近隣関係 構築につながらないが,寄り集まって太い紐になればサロン参加やその後の関係構築に つながるのではなかろうか.今後は,他の概念生成および概念間の関係の分析を通じて,本事例 における,一人暮らし高齢者のソーシャル・ネットワークを構築過程を明らかにする.

 

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